第16話 俺の周囲一面すでに暗黒の霧による結界となっているのだ。
拾い集めた魔石を俺のリュックに放り込んだところで先へ進む。
カサカサ
ん? 一瞬だが岩陰に何か見えたか?
「イモ。用心してくれ。何かいる」
天井が淡く光るおかげで坑内はそれほど暗くはない。それでも屋外や蛍光灯の明かりには遠く及ばず、岩陰となれば暗闇に閉ざされ見えづらい。
リュックから懐中電灯を取り出し灯りを向ける。
カサカサカサ
「うおっ!」
黒光りする平たく黒いその身体……ゴ、ゴ、ゴキブリ獣!
──────
■ゴキブリ獣 危険度D
体長50センチのゴキブリにも似たモンスター。
噛みつく牙は鋭く汚いバイキンを保有する。薄く平たい甲殻は固くナイフを通さない。さらには異常に素早く空も飛ぶ危険な相手である。好戦的ではないため初心者は見かけても刺激しないように。
──────
好戦的ではないというが……灯りを向けられたことに反応したか。ゴキブリ獣は羽を広げ、俺の顔を目がけて一直線に飛び立った。
ピョーン。バサバサー
「ひげえええええー?!」
「電撃」
ビシャーン
「あれ?」
イモが放つ電撃は空を切り。
ガブリ
「いたいいいいい!」
顔を守るべく咄嗟に振り上げた俺の左腕にゴキブリ獣は噛みついた。
「くそが。しねー」
右手に持つ懐中電灯を叩きつける。
ガイーン
固い手ごたえ。地に落ちたゴキブリ獣は、再びカサカサ岩陰に隠れ戻って行った。
「むー。おにいちゃん。大丈夫?」
「全然大丈夫じゃない。かなり痛いぞ」
ゴキブリ獣の顎の力は強大。俺の左腕の袖口と肉は食い千切られ、けっこうな量の血が流れ落ちていた。
ポーションを振りかけ治療する間にも、岩陰で怪しく聞こえるカサカサ音。
「また来そうだよ! でも動きが早くてイモ当てる自信ないよー」
コウモリ獣には当たるイモの電撃が、ゴキブリ獣には当たらない。
ゴキブリは触覚で空気の流れを感知、危険を察知するというが、イモの発する電撃。大気に生じる静電気を事前に察知しているのか?
噛みついたところを叩くにもコウモリ獣を上回る顎の力。さらには汚いバイキンを保有するというのだから、これ以上に噛みつかれては危険である。
ならば。
「発動。暗黒の霧。イモはちょっと離れてろ」
俺は自分の周囲に暗黒の霧を展開。ゴキブリ獣が潜んでいるであろう岩陰まで霧を伸ばしていく。
カサカサカサ
暗黒の霧に何かが触れたような感覚。その瞬間。
ピョーン。バサバサー
岩陰を飛び出したゴキブリ獣。再び俺の顔を目がけて飛び立つと。
ガブリ
突き出す俺の左腕にゴキブリ獣が噛みついた。
そのまま俺の腕の肉を食いちぎろうとするゴキブリ獣だが……
ゴキふぜいが、あまり暗黒魔導士様を舐めない方が良い。
ゴキブリ獣が飛び立つその先。俺の周囲一面すでに暗黒の霧による結界となっているのだ。
デバフ発動:ゴキブリ獣は視覚異常。
デバフ発動:ゴキブリ獣は聴覚異常。
デバフ発動:ゴキブリ獣は嗅覚異常。
デバフ発動:ゴキブリ獣は味覚異常。
デバフ発動:ゴキブリ獣は触覚異常。
デバフ発動:ゴキブリ獣は攻撃減少。
いくら貴様が素早かろうが、俺に噛みつくということは俺の周囲に渦巻く暗黒の霧に触れるということ。LV6となった暗黒の霧は合計6種類のデバフ効果を与える。
攻撃減少。先ほど深く左腕に食い込んだゴキブリ獣の顎が、闇黒の霧の中では浅く食い込むに止まっていた。
だとしてもゴキブリ獣はバイキンの塊。不衛生の極み。噛まれた箇所からバイキンが体内に侵食。状態異常を引き起こすが──
「暗黒魔導士LV5スキルが暗黒抵抗。俺の肉体は暗黒、弱体、状態異常に対する抵抗を持つ。貴様の薄汚いバイキン、俺には通用しない」
俺は左腕を振り回し、腕に噛みつくゴキブリ獣を地面に振り落とす。
地面をカサカサ再び岩陰まで逃がれようとするゴキブリ獣だが……
やれやれ……ゴキの原始的な頭ではもう忘れているかもしれないが、暗黒の霧はすでに貴様の五感を乱している。
「ゴ、ゴ、ゴ、ゴキ??」
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感全てを乱されまともに走る事のできないゴキブリ獣。先程までのスピードは何処へやら、ノタノタ必死に逃げようとするが……
「電撃」
ビシャーン
イモの電撃が突き刺さり、薄汚いゴキブリ獣は煙となり消えていった。
「魔石魔石ー。あれ?」
噛まれた箇所をポーションで治療する間、魔石を拾い集めるイモであったが、黒い板のような物を手に俺の元に戻って来ていた。
「イモ。なんだそれは?」
「知らない。魔石と一緒に落ちてたよ?」
ということは、ゴキブリ獣のドロップアイテム。ペラペラめくる攻略読本によれば──
■G鋼板:硬い薄い軽いGの甲殻。新時代の素材として研究の進む物体。
「キモッ。イモ。捨てなさい」
「えー。なんでー? 固くてツルツルして綺麗だよ?」
確かに見た目は普通にツヤツヤ輝くだけの黒い板。ゴキブリ獣のドロップ品であると言われなければ、まるで気にもしない物であるが……
「おにいちゃん。カブト虫とか好きじゃない。似たようなもんだよ」
全く似ていない。カブトムシは無害だが、ゴキブリは害虫の中の害虫。あんなキモイのと一緒にしてはカブトムシに失礼である。
「入れるねー」
そう言って、イモは俺が背負うリュックにG鋼板を突っ込んだ。
俺のリュックが汚されてしまった……
だが、今はコオロギすら学校給食として子供の口に突っ込む時代。それを考えれば元がゴキブリ獣のドロップ品というだけで嫌がる俺が間違っているのかもしれない。
「それより、おにいちゃん。この先どうする?」
「帰ろう。ポーションも切れたし、今日はここまでだ」
俺たちは荷物をまとめて自宅ダンジョンを後にした。
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