第21話 明日は自宅ダンジョンへ行くか?

「ただいまー」


ようやく自宅に帰るのは夜10時。さすがにお腹が減った。


「おにいちゃん。おかえりー」


「帰ったぞー。って、イモは何を?」


何やら缶スプレーを片手に廊下をウロウロするイモの姿。


「イメージトレーニングだよ。ほら。ゴキジェット」


そう言って、イモはゴキジェットをプシューと吹いていた。


……なるほど。昨日ゴキブリ獣相手に苦労したその屈辱。自宅のゴキブリ相手に練習していたわけだ。


「だとしても、あまりシューシューしないように。人間にも毒だから」


「はーい」


イモには1人で自宅ダンジョンへ入らないよう言ってある。1人で入って何かあっては大変だからだが、そのぶん力が有り余っているのだろう。


「明日は自宅ダンジョンへ行くか?」


「本当? 行く行くー」


出来れば品川ダンジョンでもう少し魔石を売りたいところだが……イモを放置するのも危険である。有り余る体力から1人でダンジョンへ入りかねない危険がある。



季節は4月。今日は火曜日。

弾正の通う公立究明高校。


「なあ。今度みんなでダンジョン行かねーか?」


「おー。面白そうやん」


「せやけど、試験受けて探索者資格を取らないとあかんやろ?」


「あんなん、若くて病気なければ名前書くだけで良いらしいで」


「マジか? じゃ行ってみるか?」


「行くべ行くべ」


新しいクラスとなって友達作りに励むのか、クラスの男子がダンジョン話で盛り上がっていた。



放課後。そそくさ帰宅した俺は自室で準備を整える。


「ただいまー。おにいちゃん。もう帰ってるー?」


「イモお帰り。俺の方は準備OKだぞ」


「おー。ちょっとだけ待っててー」


帰ってくるなりお菓子を手に取ると、イモは庭へ出て行った。


そういえば最近は近所で野良ネコをよく見かけるが……まさかな。イモももう中学生。我が家の家計事情から貴重な食糧をばらまく無駄はしないとは思うのだが……


「お待たせー。イモはいつでも行けるよー」


「いやいや。さすがに着替えないとマズイだろう?」


「なんで? イモの制服、変かな?」


イモの制服姿は世界で1番可愛いといえるが。


「可愛い制服が汚れてはマズイだろう?」


最悪破れようものなら買い替え。そのような予算は我が家に存在しない。


「そっかー。それじゃ着替えるー」


個人的願望をいうなら制服のままの方が良い。いくらイモが可愛いとはいえ、学校指定ジャージに着替えたイモの姿は微妙に芋となるからだ。



イモと2人。自宅ダンジョン地下1へと降り立った。


「イモ。練習したし今日はがんばるぞー」


張り切るのは良いが今日は平日。明日に響かないよう、ある程度の時間に切り上げないとな。


「電撃。でんげきー」


バリバリー


前を行くイモが現れるスライム獣を倒し進んでいく。


「イモ。次にスライム獣が現れたら、お兄ちゃんに1匹任せてくれないか?」


「へ? どして? おにいちゃん攻撃スキルないよ?」


確かに俺のジョブ暗黒魔導士はデバフ職。モンスター相手に直接暴力を振るうような野蛮行為は他人にお任せしたいのが本音だが……残念ながら品川ダンジョンにおける俺はソロ探索者。


他に暴力を代行してくれる仲間は存在しないのだから、武器の取り扱いに慣れる必要がある。


「んじゃ、はい」


洞窟内を3匹でノソノソ動くスライム獣。

うち2匹を瞬殺したイモは1匹を残して後ろに下がった。


1匹残されプルプル震えるスライム獣。

俺は右手に包丁を握りしめ、そろそろと距離を詰めていく。


あえて暗黒の霧は使わない。今は真正面から戦い撃破することに意味がある。


突然に跳ね上がり、俺に飛びつこうとするスライム獣。


「ふんぬ!」


ズバーン


右手の包丁を一閃。

顔面に迫るスライム獣を悪球打ちでもって切り裂いた。


ポヨーンポヨポヨ


吹き飛び地面を跳ね転がるスライム獣を追いかけると。


ブスリ。


包丁で一突き。止めを刺した。


いくら魔法使い系ギフトは肉弾戦が苦手とはいえ、相手は最弱のスライム獣で俺のジョブLVは7である。真正面から戦って負けることはない。


「おー。おにいちゃん。すごーい!」


「ふぅ……やれやれ。この程度なら朝飯前である」


すでに夕方を終えた夕飯前であるが気にしない。


「おう。さすがおにいちゃん。ばんざーい」


俺を褒めながらも、イモは横道から現れたネズミ獣5匹を瞬殺しているが……気にしない。


その後も現れるモンスターを倒しながら奥へと進む。誰も探索に入る者がいないだけあって、そこかしこにモンスターが蠢いていた。


「チューチュー!」


洞窟の先から走り寄るのはネズミ獣。それも20匹の大軍。


「おにいちゃん。これも練習する?」


「いやいや……」


俺を思って言ってくれているのだろうが……さすがのお兄ちゃんでもこの数を相手にするのは無理である。


「それじゃイモの出番だよ! 連鎖電撃」


バリバリー


先頭を走るネズミ獣に命中した電撃が、後に続くネズミ獣を鎖でつなぐよう連鎖する。20匹全てのネズミ獣は電撃連鎖の1撃で全滅していた。


「おお! イモ凄いぞ! 偉いぞ!」


「えへへ」


イモは何気なく退治しているが……やはり自宅ダンジョンは危険である。体長20センチの人食いネズミが20匹。俺1人であれば1、2匹は相手できても、その間に他のネズミ獣に噛みつかれお陀仏であっただろう。


そして、それはイモも同じ。一見は無敵に見えるイモの雷轟電撃らいごうでんげきもあくまで後衛ジョブ。不意を討たれモンスターに接近されては危険となる。


なるほど。ソロのためだけではない。イモを守るためにも、俺は近接戦闘技術を磨く必要があるわけだ。


「うわー。何かいっぱい落ちたね」


ネズミ獣が消えた後の地面には、魔石の他に赤黒い物体が散らばっていた。これはネズミ獣のドロップ品、ネズミ肉か。

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