第93話 「死ぬのはてめーだ! 死ねー!」

学校を早退。自宅を目指して全力疾走する俺だが。


「はあ。はあ。横っ腹が痛い……」


いくら俺がSSRジョブの暗黒魔導士であろうとも。いくらモンスターを倒しLVを上げようとも、その恩恵を受けるのはダンジョンの中だけ。現実の俺が貧弱ボーイである事実に変わりはなく、少し走っただけでこのていたらく。


だが、怪我を押して自宅から学校まで走って来たであろう三毛猫ニャン太郎。それを思えば横っ腹が痛いからといって休んでいる場合でなく、俺は学校から自宅まで休みなしで走り続ける。


だとしても俺1人が自宅に帰り着いてどうする?


仮にも我が家のペット軍団最古参にして一番の実力者であるニャン太郎が怪我するようなトラブルがダンジョンに起きたなら、俺1人でどうにか出来るのだろうか?


だが自宅ダンジョンにはまだ猫が3匹。ハトが2羽。そして子犬が3匹の合計8匹のペットが残っているのだから、見捨て放置するという選択肢はありえない。


問題は今すぐ突入するか? それともイモが合流するのを待つかだが……


「はあ。はあ。ようやく帰り着いたが……自宅の外観に異常はないな」


明り取り用の窓ガラスが細く開いているが、位置的に人間の入れる高さでも大きさでもない。おそらくはニャン太郎が自宅を抜け出るのに開けただけ。他の戸締りに異常はない。


しっかり施錠された玄関ドアを開けて自宅に入るなら、リビングのテレビは点いたまま。さらにはテーブルの上には飲みかけのカップまでもが残されていた。


「……そうか。母さん、今日は遅番だと言っていたな」


デパートで勤務する母。シフトによっては午後から出勤することもあり、今日がその日だったというわけだが……


遅番であるなら今の時間、自宅にいるはずの母の姿はない。


「もしかしてダンジョンに入ったか?」


危険だから1人で入らないよう話を合わせていたはずだが……


ポケットから取り出すスマホに未だイモからの返信はない。


とにかくダンジョン入口を確認するべく、ガチャリ。ドアを開けるなら。


モワリ。室内、床に開いたダンジョン入口から立ち込める黒い霧。


「これは……まさか暗黒の霧か?!」


だが、暗黒の霧は暗黒魔導士だけが使う専用魔法。それがいったい何故自宅ダンジョンから漏れ出すのか……?


「もしかしてだが俺以外の何者か……他の暗黒魔導士が自宅ダンジョンに侵入しているというのか!?」


しかも自宅の戸締りに異常はないということは、ダンジョン内。モンスターゲートを使い直接ワープ侵入してきたということ。


高LVの暗黒魔導士はモンスターゲート間をワープ移動することが可能であり、それは俺自身が自宅ダンジョンと品川ダンジョンとで確認しているが……


ワープ先に指定できるモンスターゲートは、直接、手を触れ登録したモンスターゲートだけ。つまりは自宅ダンジョンへワープするには、一度でも自宅ダンジョンに入りモンスターゲートに触れている必要がある。


だが自宅ダンジョンは誰にも秘密のダンジョン。俺たち以外の誰も内部に入った者はいないはずが……


いや。つい最近、俺たち以外にダンジョンに入った者がいる。


日本ダンジョン協会に所属するダンジョン調査員。


まさかあの中に暗黒魔導士が? しかも、それが今。俺の留守を狙って自宅ダンジョンに侵入しているというのか?!


いったい何故ダンジョン協会の人間がそのような真似を? それは不明だが……だとするならニャン太郎が怪我したのも納得する。


ゲームにおいて最も厄介な攻撃が状態異常。何の対策もないまま戦うならハメ技のごとく手も足もでないままに完封。クソゲーと暴れ回る羽目となる。


思えば状態異常を受けたかのようにせき込み具合を悪くするニャン太郎。あれは毒や混乱などの状態異常を受け、具合を悪くしていたというわけで……


「カス野郎が……暗黒魔導士である俺を相手に舐めた真似を……」


地面に開いたダンジョン入口。俺はその縦穴に躊躇なく飛び込んだ。



自宅ダンジョン地下1階。


暗黒の霧の中。ダンジョン入り口である縦穴の真下で争う1人の男と1匹の黒猫。


「ふん。ただの猫畜生が随分と邪魔してくれるものだが……それだけ必死になるということは、この縦穴の先がダンジョンの出口というわけだ。それならお前を殺した後、この縦穴から捕まえたネズミ獣やゴキブリ獣、イモ虫獣を隣近所の庭にバラ撒くとしよう」


「なー……」


そのようなことを実行されてはダンジョン管理不行き届きで自宅ダンジョンは没収。さらにはご近所関係は最悪の村八分となるだろう。


だが、阻止したくとも男のDジョブはSSRの超剣士。さらには周囲を漂う暗黒の霧。男が何の悪影響も受けないのに対して、黒猫ニャン花は暗黒の霧の中、常にデバフと状態異常を受けながら戦わねばならないとあって状況は不利となる一方である。


「だが、この黒猫。暗黒の霧の中これだけ動けるのは何だ? 三毛猫はすぐに動けなくなり、お前を見捨て縦穴から逃げ出したのだが……まあ、それもこれまでだ」


いよいよ動きの鈍る黒猫を両断せんと頭上に剣を構える男の姿。


「剣術スキル。超・スラッシュ! 終わりだ!」


だが、必殺の一撃を放たんとする男のさらにその頭上。ダンジョン入口となる縦穴を降って降りる影が1人。


「死ぬのはてめーだ! 死ねー!」


ドカーン


「なにいー!?」


落下する勢いのままに男を蹴り飛ばし着地するのは、無論、俺である。


「お前は……黒猫ということはニャン花か? 無事か?」


着地する地下1階。辺り一面に広がる暗黒の霧の中、力なく足下にうずくまるニャン花の姿。俺が来るまでどれだけの時間、暗黒の霧の中にいたのだろう。


「なー……」


弱弱しく歩み寄るニャン花の身体。俺は胸元に抱き上げ立ち上がる。


「何だ? いきなり現れ人を蹴り飛ばして……お前。いったい何者だ?」


落下の勢いと合わせて蹴り飛ばしたはずが、クビをコキコキ鳴らして男が俺に向き直る。


今のがまるで効いていないとなれば、相手のDジョブは肉体能力に優れる直接戦闘系。


しかも相対する男の身体は大柄でその首は丸太のように太く逞しい。この体格。米を食べて育った日本人の身体ではない。おそらくはこの男。肉をむさぼり食べて育った異国の人間。


「だがその猫を助けに来たというならお笑いだな。暗黒の霧の広がる中へ飛び込んでくるなど自殺行為そのもの」


あざけるように言う男だが、男の言う指摘はもっともである。


辺り一面に広がる暗黒の霧は俺のものではない。自宅ダンジョンに侵入した敵対者の生み出すもので、当然、俺に対してもそのデバフと状態異常が襲い来るわけだが……


「そろそろ麻痺や毒といった状態異常で動けないのだろう? それでは俺を蹴り飛ばしたお前のその罪。身体で受け止めて貰おう。剣術スキル。超・スラッシュ!」


怒りを込めて襲い来る大剣の一撃。


ガシーン


俺はEXスキル牛パワーを全開。学生鞄でもって受け止める。


「なんだと!? 猫を抱えたまま片手で……しかもただの鞄で俺の大剣を?!」


驚く男であるが、当然ただの鞄ではなく……パリーン。大剣を受け止めた衝撃で鞄が破裂する。


中から姿を現したのはゴブリン王の盾。


昭和の時代。いつでも喧嘩が出来るよう学生鞄に鉄板を仕込むのはヤンキーのマナーであり、俺は学校帰りにダンジョンへ行くことが出来るよう、学生鞄にゴブリン王の盾を仕込んでいたというわけだ。


カキーン。盾を発した衝撃波が男の身体を吹き飛ばす。


「ぐぼあー!」


自宅ダンジョン地下3階。ゴブリン王から手に入れた魔法の盾。受け止めた攻撃を弾き返すという特殊能力があり、大剣の衝撃を弾き返したその結果。男の身体は壁まで吹き飛び叩きつけられていた。


「魔法の盾か……だが、なんだその怪力?! たかが魔導士が、しかも暗黒の霧の中で、どうしてそれだけ動ける?」


どうしても何も当然。


「俺の名前は城 弾正じょう だんじょう。有するジョブはSSRにして総合評価9.5点。自己評価100点の暗黒魔導士。暗黒を統べるこの俺が暗黒の霧にやられては話にならないだろう」


暗黒魔導士がLV5で習得するスキルが暗黒抵抗。


──────

暗黒抵抗:暗黒魔法に対する抵抗力上昇。

──────


さらに俺のLVは33であり魔法防御力も高いのだから、多少が暗黒の霧に巻かれようとも平気である。


「……なるほどな。お前がダンジョンオークションの自作自演を企んだ張本人。城 弾正だったか……ふん。だが、お前が城 弾正だとするならお前に勝ち目はない」


何やら自信満々に断言する大男。


「ここでは暗黒魔導士であるお前の得意技、暗黒の霧は使えんぞ? 何故ならすでにこの場は同士ヴィクトロビチの放つ暗黒の霧で満たされているからな」


暗黒の霧はフィールド魔法。場に存在できるのは1つだけ。もしもフィールド魔法同士がぶつかるなら、力の劣る魔法が弾かれ消滅する。


「諦めろ。暗黒の霧の使えないお前などただの魔導士。対する俺はSSRの超剣士。いかにお前が魔法の盾を持っていようとも近接戦闘では勝負にならん」


大剣を構える男がジリジリにじり寄る。先ほどまでとは異なる油断も隙もないその動き。確かに男の言うとおり。前衛ジョブと後衛ジョブが魔法もなしにタイマンするなら、俺に勝ち目はない。


「……なー」


そんな俺の心情を察したのか、胸元に抱える黒猫ニャン花。必死に俺に向けて伸ばす前足を、俺は受け取り握りしめる。


瞬間。俺の脳裏に響くのは「黒猫ニャン花パーティに合流しますか?」というシステムメッセージ。


ご存じDジョブを得た者同士、ダンジョン内でパーティを組むことが出来るわけだが、自宅ダンジョン。これまでは俺かイモのどちらかがパーティリーダーを務めていた。


何故かといえば、俺はパーティリーダーは人間にしか出来ないものと思っていたからだが……よくよく考えればペットも人間も同じ生物にしてDジョブを持つ存在。


ペットであろうともパーティリーダーを務めることは可能であり、現在、自宅ダンジョンにおけるペット軍団のリーダーは黒猫ニャン花。俺はそのパーティメンバーに誘われているというわけで……


「そうか。暗黒の霧の中、ニャン花がダンジョン入口に留まるのは俺を待つためか? 俺をパーティメンバーに迎え入れる。そのために……」


ダンジョンを出てはパーティは解散される。そのため、暗黒の霧の中、俺が来るまで大男を相手に粘り戦っていたというわけだ。であるなら……


「城 弾正。ニャン花パーティへの入隊を申請する!」

「なー!」


脳裏に走るのはニャン花をリーダーとするパーティメンバー全員の情報。


「なんだ? まさか人間が猫畜生の配下になるとか正気か? それなら……せいぜいその猫と一緒にあの世へ行きな!」


俺とニャン花。まとめて両断せんと駆け寄る男を前に。


「……発動。暗黒の霧」


俺は左手を差し出し暗黒の霧を放出する。


「馬鹿か?! 暗黒の霧はフィールド魔法。場に存在できるのは1つだけ。そして同士ヴィクトロビチのLVは25。お前のような最近Dジョブを取得したばかりの雑魚魔導士の霧など、吹き飛ばされておしまいだ!」


なるほど。わざわざ説明ありがとう。そこまで理解しているなら、当然、自分の敗因も分かるというわけで……


「カスが! 最強無敵の俺様のLVは33。つまりは暗黒の霧33サーティスリー! 吹き飛び霧散するのはてめーの仲間の雑魚霧だ!」


俺の手を噴き出す暗黒の霧は、周囲を漂うヴィクトロビチの霧を全て吹き飛ばし大男へと吹き付ける。


「馬鹿な!? 貴様のようなガキがLV33だと?! ありえ……」


デバフ発動:大男は五感異常。

デバフ発動:大男は全能力減少。

デバフ発動:大男は属性耐性減少。

デバフ発動:大男は毒。猛毒。

デバフ発動:大男は暗黒火傷。暗黒氷結。

デバフ発動:大男はHP呪い。MP呪い。

デバフ発動:大男はMP減少。MP蒸発。

デバフ発動:大男はグラビティ。

デバフ発動:大男は暗闇。

デバフ発動:大男は恐怖。

デバフ失敗:大男は封印にレジスト。

デバフ失敗:大男は放心にレジスト。

デバフ失敗:大男は麻痺にレジスト。

デバフ失敗:大男は混乱にレジスト。

デバフ失敗:大男は睡眠にレジスト。


近接戦闘に優れる反面、魔法防御力に劣るのが前衛ジョブ。それはSSRの超剣士であろうとも変わらず、複数のデバフを受けてふらつき恐怖する大男。


俺がこれまで暗黒の霧を使わないでいたのは、ヴィクトロビチとかいう男の暗黒の霧を恐れたからではない。


パーティメンバー以外の全員を無差別に攻撃するのがフィールド魔法。俺の暗黒の霧の威力が強すぎるが故、ダンジョンに留まる他のペットたちに危害を与えかねないことを恐れたからである。


だが、ニャン花のおかげで自宅ダンジョンにいるペット全てとパーティを組んだ今、俺が暗黒の霧をためらう理由はなくなった。


「暗黒の霧33サーティスリー全力開放マックスブースト!」


全力に噴き出す暗黒の霧33は地下1階を溢れて地下2階へ。自宅ダンジョン全域へと広がっていく。


おそらくは今もヴィクトロビチの放つ暗黒の霧に巻かれ、苦しい戦いを強いられているだろう他のペットたち。それも今、この瞬間で終わりとなる。


「ぐがー! カスガキが! その霧を止めろおおお! 超・スラッシュ!」


破れかぶれに大剣を振り回しスキルを発動する大男。その目は暗闇に包まれ、まともに前も見えない状態。当然、そのように出鱈目な剣技が当たるはずもなく。


「なー!」


これまでの恨みとばかり、俺の腕を飛び出した黒猫ニャン花が爪を振るう。


ズバーン


走る黒の軌跡。大男の首が吹き飛び地に落ちる。勝利である。


だが……なんだ? 今のニャン花の爪。他の猫たちと異なり、暗黒属性を帯びていたように見えたが……


これまで猫たちの持つDジョブなど気にもしていなかったが、もしかして俺たち人間と同様、1匹ごとに異なるジョブを持つのだろうか?


黒猫ニャン花が暗黒系のDジョブを持つとするなら、俺が来るまで暗黒の霧の中、耐えられたのも納得する。


思えば猫たちの内、最も俺になついていたのが黒猫ニャン花。同じ暗黒属性のジョブ同士、何か惹かれるものがあったというわけだ。


だとするなら、他の猫たちはどのようなDジョブを持っているのだろう?


特に猫たちのリーダー格である三毛猫ニャン太郎。


今回、暗黒の霧という不利を引いた結果、怪我を負いはしたが、本来、我が家のペットの中では断トツの戦闘力を持った存在。もしかすると何かレアなDジョブを取得していても不思議はない。



公立究明高校 グラウンド


「それでは三毛猫さん。私たちも行きますですわよ」


怪我した三毛猫ニャン太郎を託された加志摩さん。タクシーを捕まえるべくグラウンドを出て道路に差し掛かるが。


「にゃん」


突然、抱えるニャン太郎は腕を飛び降りると一礼の後、走り始める。


「え!? ちょっと! 怪我しているのに走ってはいけませんわ!」


いったい何処へ行こうというのか? 迷いのない走りは何か目的があるように見えるが……


「いえ。それより何て速さですわ? それは猫ですから足が速いのはそうなのでしょうわですが……」


人間離れなる猫離れしたその走り。


ここがダンジョンであればDジョブを取得。超常能力を得たその結果と不思議はないが、ここは屋外。Dジョブは無効となるはずが……


「あの方角。確か中学校のある方角ですわ。……もしかしてイモさんの所へ?」


城さんが電話するも連絡のつかなかった妹子さん。直接、自宅ダンジョンの危機を伝えるため走り向かったのかもしれない。


「ヘイ! タクシーですわ!」


走るタクシーを捕まえた加志摩さん。行先として妹子の通う中学校を告げ、ニャン太郎を追いかけるのであった。

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