第80話 「うえーい。加志摩っち。おひさって感じでー?」

それからの1週間。


「どうですわこれ? 父に頼んで買って貰ったクロスボウですわよ? おむつも買ってきましたし、抜かりはないですわよ!」

「加志摩ちゃん。すごい。頑張って!」


イモが学校へ行くその間、俺は加志摩さん只野さんワンちゃん3匹と共に自宅ダンジョン地下2階で黄金バッタ獣を探してモンスター退治を。


「ただいまー。おにいちゃん。地下4階へ行こー!」


そして、イモが帰って以降は地下4階を探索する。


「この敵。豚肉みたいな味がして良いよねー」


実際に対面する地下4階のモンスター。その風貌は2足歩行する豚といった感じで、さしずめオーク獣といったところか。ゴブリン獣より一回り上の強敵だが、お肉が美味いとあってイモやニャンちゃんたちのやる気も十分。


「にゃー」


只野さんの帰った後。強化魔法のない状態であっても問題なく戦えるとあって、俺たちはさらに下層。地下5階まで探索する。


「うわー。なんだか鬼みたいなモンスターだねー」


頭に角の生えたその外見。さしずめオーガ獣といった風貌でオーク獣をも上回る強敵だが、もちろんイモもニャンちゃんもいるのだから問題なく戦える。


そうして探索を続けたその結果。


「こ、これが黄金バッタ獣の肉ですわ……」


俺たちは期日までに黄金バッタ獣の肉を手に入れることに成功した。


「ですが……わたくし、これを食べるのは無理ですわよ?」


肉とはいうが見た目はバッタそのもの。そのまま姿揚げしただけという、俺ですら食べるのにちゅうちょした一品。常日頃から豪勢な食事に慣れた加志摩さんが食べるのに抵抗があるのも無理はないが……


「擬態を習得するには食べなければならない。それに、お父さんが加志摩さんを公立高校へ入学させたその理由。加志摩さんも分かっているのだろう?」


「それは……もちろんですわ」


2世議員として将来は政治家を期待される加志摩さん。だが、庶民の気持ちが分からないのでは、庶民の支持は得られない。


そのための公立高校。クラスメイトと共にイナゴの佃煮を食べて草原で用を足す。そんな公立高校の日常を経験させるためである。


「はあ……庶民というのは大変なものなのですわ……」


「うーん。昭和ならともかく、公立だからって今はそんなことしないんだけどなあ?」


などと只野さんは否定するが、そもそもが加志摩さんが擬態を習得しないことには報酬の5千万円は手に入らない。となれば嘘でも何でも加志摩さんを誤魔化し食べさせるしか仕方がないというわけだが……


「……そういえば政府与党はコオロギ食を勧めていなかったか? となるとバッタもコオロギも同じ昆虫。まさか庶民にだけコオロギを食べさせて自分らは食べられませんとか……ありえないよなあ?」


「た、食べます……食べますわよ!」


俺の言葉に意を決して黄金バッタ獣にかぶりつく加志摩さん。


「パクリ。モグモグ。ゴクリ……覚えましたわ……わたくし、擬態を習得しましたですわよー!」


今日は金曜日。なんだかんだあったが、明日の土曜日。いよいよ佐迫さんと約束した鑑定の日までに間に合ったというわけだ。




5月11日(土)


品川ダンジョン。受付前。


「うえーい。加志摩っち。おひさって感じでー? それに城っちに只野っちも。3人とも学校に来ないから心配したじゃん?」


俺たちを待ち構える佐迫さん。そしてその周りにいるのは。


「ちょりーっす。週間売春っす。なんすか? ダンジョン推進派である加志摩議員の娘さんが奴隷ジョブだって聞いたんすけど本当すか?」


「ういーっす。週間赤日芸能っす。なんすか? これからは国民全員ダンジョンでモンスターと戦うべきだーって、あなたのお父さん威勢の良いこと言ってるっすけど、娘さんは奴隷ジョブでどうするんすか?」


「ちゃらーっす。週間その他自身っす。なんすか? 与党に騙されダンジョンに入った探索者は大勢死んでるってのに、あなたは奴隷ジョブを口実にダンジョンに入らないってことっすか?」


週刊誌の記者たちが矢継ぎ早に加志摩さんへと質問する。さらには。


「がはは。わしは独裁民主党の議員、毒島ぶすじまや。なんや佐迫はんから面白い話を聞きましてな。今日はこうやって雑誌記者のみなさんとお邪魔したんですわ」


高級スーツに身を包む中年男性が1人。これから始まる出来事を楽しみとばかり突き出たお腹を揺らして笑みを浮かべる。


なるほど。加志摩議員のスキャンダルを告げ口。それをネタに野党第一党である独裁民主党に取り入ろうという魂胆なのだろう。


「まず毒島先生、そして記者のみなさんに言っておきたいこととして、わたくしのジョブは奴隷ではありませんわ。それに父がみなさんに勧めるのはダンジョンに入りジョブを獲得するまで。ジョブを獲得した後も戦うかどうかはその人次第ですわよ。そして最後に、わたくしはダンジョン推進派である父の娘として当然ダンジョンで戦いますわ」


一息に答える加志摩さん。


「そうなんすか? でも同級生でアパレルショップ佐迫の娘さんは、あなたのジョブは奴隷だって言ってるんすけど?」


「ダンジョンで戦うって、奴隷ジョブが戦っても邪魔なだけっすよね? どうやって戦うんすか? 政策活動費で高級装備でも買うっすか?」


「議員の娘っすから嘘の1つや2つが当然ってのは分かるんすけど……ちょっと見苦しくないっすかねえ?」


そんな加志摩さんの返答に首をかしげる記者の人たち。


「記者さんたち良いこと言うって感じでー? 今日はそれをはっきりさせるため、ダンジョン協会の人に来てもらってるじゃん?」


佐迫さんの言葉に受付から1人の女性が俺たちの元まで進み出る。


「私はダンジョン協会、受付チーフです。本来、鑑定結果については個人情報となるため他者に開示することはありえないのですが……今日は議員先生立ち合いの元、ご本人が公開鑑定を希望するとの申し出ですので、私が担当させていただきます。皆様はどうぞこちらへ」


俺たちは受付チーフに案内され、喧噪で賑わう受付前を離れ会議室へと移動する。


「さて。ではDジョブを公開鑑定するとのご依頼。本来は受付チーフである私が鑑定してその結果をお伝えするわけですが……本日は毒島先生のご提案により、このような物を用意しました」


机の上に置かれたのは占いなどでよく見る水晶玉。


「これはDジョブ鑑定玉。水晶玉に触れた者のDジョブを開示する魔法アイテムです。国内では新宿ダンジョンだけに配備される貴重品ですが、本日のため特別に借りてまいりました」


開示できるのはDジョブだけというが、今回の用件を満たすにはそれで十分。世の中には便利な魔法アイテムもあるというわけだ。


「がはは。受付チーフを信用してないわけやおまへんが、現金の叩き合いの買収合戦となったら与党に敵わんでおまんからなあ。その点、魔法アイテムは買収しようがないっちゅーわけや」


「さすが毒島先生っす。与党は卑怯な手を使うっすからね」

「加志摩の嬢ちゃん。当てが外れたって顔してるっすよ?」

「与党お得意の買収工作が使えないなら年貢の納め時ってわけっすやん」


ニヤリ。憎き与党議員の醜態が拝めるとばかり上機嫌な毒島議員。それに同調する記者の人たちだが。


「分かりましたわ。この水晶玉に触れば良いのですわ?」


まるで臆することなく水晶玉の前まで進む加志摩さん。


「おーん? なんや? まるで躊躇いがないやおまへんか?」

「本当にあの娘は奴隷ジョブなんすよね?」

「与党の恥ずかしいニュースが見れるんすよね?」

「ふん。単にどうしようもなく諦めてるだけって感じでー? 大丈夫じゃん」

「なるほどっすねー」


集まる議員や記者たちが見守る中、受付チーフの案内に従い、いよいよ加志摩さんが水晶玉に手を触れる。


「これで加志摩議員は次の選挙は落選っすね」


「がはは。まあ親父が無職なるからって悲観することあらへん。ワイの秘書になって稼いだらええ」


「加志摩っち良かったじゃん? 毒島先生、夜の手当を弾んでくれるって噂だしー? 大金持ちで羨ましいって感じー」


「後はこのスキャンダルを足掛かりに、愚昧な大衆をいかに与党追及に誘導するかっすね」

「それこそ俺らマスコミの腕の見せ所ってやつっすよ」


水晶玉に浮かび上がるDジョブはカメラを通じて会議室正面。大型スクリーンへと大々的に表示される。


「がはは。そーら。奴隷ジョブと表示され……おーん?」

「……佐迫さん。こりゃどういうことっすか?」

「この女……奴隷ジョブじゃないじゃねーっすか!?」


大型スクリーンに表示されるDジョブ名は、戦士(R)。


(議員の娘なのだから、SRジョブなどもう少し強そうなジョブにしても良かったのではないか?)


(いえ。いくら擬態したところでわたくしのジョブが奴隷は変わりませんわ)


俺が擬態先として傭兵(R)を名乗るのと同じ。あまりにかけ離れたジョブを名乗ろうものなら擬態が見抜かれる。それを考えるなら確かに無難な選択か。


「戦士……せんしいいいいい?! ちょっと!? これ、どういうこと?! あんたこいつ奴隷だって、あーしに言ったじゃん!」


鑑定結果に声を荒げる佐迫さんが向き直る先は受付チーフ。


「まさか?! そんなはずが……?」


慌てたように目を細めて加志摩さんを見つめる受付チーフだが。


「確かに戦士!? でもそんな……どうして?」


何が起きたか分からないとばかり驚愕の表情を浮かべていた。


「以前の鑑定では間違いなく奴隷だったはず……だとしたらこれは擬態や偽装といった何らかの誤魔化し?! でも何で奴隷ジョブの人間がそんなスキルを……いえ、とにかく肌に触れてじっくり精密鑑定すれば……」


さらに詳しく調べるべく加志摩さんの肩へと腕を伸ばす受付チーフだが……


ガシリ。肩に触れるその直前。


「おやおや。受付チーフさん。どうかしましたかあああ?」


ニチャアと笑みを浮かべる俺はその腕を掴み取っていた。


「な、何ですか貴方? 離してください。いきなり女性の腕を掴むなんてセクハラですよ!?」


「そっすか? でも、セクハラだというならそれは受付チーフ。貴方の方じゃないっすかね? 今、断りなく加志摩さんの肩に触れようとしましたよね? 知ってましたか? 令和の今は女性同士でもセクハラになるんすよ?」


「はあ? 知ってます! 私は鑑定水晶の結果に不正があると。そのためより詳しく精密鑑定しようというだけです」


「おやあああ? なんで不正があるなんて言いきれるんすかねええ? まさか事前に無断で加志摩さんを鑑定。その結果を第三者である佐迫さんに漏洩したとか……あろうことかダンジョン協会職員である受付チーフが、そんなはずないっすよねええええ?!」


チギュウと笑みを浮かべる俺の前。


「なん、んなっ?! そ、そんなはずがありません!」


そのような規約違反。認められるはずがない受付チーフは否定する。


「てえことはあああ!? ……鑑定水晶に戦士と表示されたのだ。加志摩さんのジョブが戦士であることに異論はないということだ」


会議室内。問いかける俺の背後では。


「おい……われ。佐迫。ワイがわざわざこんな場所まで来たってのによお? なんやこれ? ガセネタやんけ!」


無駄足に終わったことで怒りに震える毒島議員。


「んだよ……戦士とかさあ」

「ありふれたジョブすぎて記事にならないっすやん」

「これじゃ紙面が埋まらねーっすよ。どーすんすか」


リークが外れたことで、次のネタ探しに追われる記者たちの姿があった。


「つっ……」


ここで騒ぎ立てたのでは毒島議員の怒りの矛先が向けられる恐れがある上、ネタに飢える雑誌記者たちの恰好の餌食となることは間違いない。


「そ、そうですね。鑑定水晶に表示されたのです。加志摩さんのジョブは戦士(R)のようですね……」


これにて鑑定結果は確定する。


「ちょっと! 受付チーフ! 話が違うじゃん?! どういうことよ!」


当然、文句を言う佐迫さん。受付チーフへ掴みかからんばかりに詰め寄るが。


「何ですか! ここはダンジョン協会の会議室ですよ。警備員! この少女を独房まで。頭が冷えるまで閉じ込めておいてください」


こうなっては自身の保身が優先される。余計なことを口走るより先、会議室の外に待機する警備員を呼び入れる受付チーフ。両腕を捕えられた佐迫さんはそのまま連れ出されて行った。

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