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「昨晩のこと、何も覚えていないのか? 私が言ったことも覚えていないのか? 『私はルリアンを愛している。私がハッキリしないから、そのような不安な夢を見てしまうのだ。帰国したら、国王陛下と王妃にルリアンと婚約したいと申し出る。反対などさせないから。もしも反対されたら、私は王位継承を放棄してもいい』と言ったのに」
(……えっ!? 嫌われたんじゃないの? それってプロポーズだよね!?)
「な、な、な、なんですと!! うわ、わ、わ、娘のルリアンを愛してると!?」
ルリアンより先に、タルマンが叫び声を上げた。
「義父さんは黙ってて。ちょっと耳を塞いでてくれる!」
「耳を塞げと!? あい、わかった」
両手で耳を塞ぎ、目をギョロギョロさせてゲジゲジ眉毛をしかめているタルマンを無視して、トーマス王太子殿下は話を続けた。
「ルリアンは昨夜私にこう答えたのだ。『それは望んでいません。あなたは王位継承者です。ドミニク殿下一族に王位継承を譲ってはいけません。それはパープル王国の国民のためにはならないからです。トーマス王太子殿下、どうか私を夢の世界から、こちらの世界に戻して下さい。そうでないと私の心が壊れてしまいます』と」
「わ、私がそんなことを……。ああ何てことを……」
「まだ酔いは冷めていないのだろうと思い、『ゆっくり眠るといい。夢の中でもタカユキではなく私を愛してくれ。ルリアンの心から私がタカユキを追い出して見せる。私だけを見ていて欲しい』と伝えて部屋を出た。今朝、私を無視したのはルリアンの方だ。私の隣の席は空けていたのに、ルリアンは私の隣には座らなかった。タカユキが忘れられないのか? 私よりも夢の中の男の方がそんなにいいのか?」
(昂幸を愛してる。でもトーマス王太子殿下に無視されて、胸が苦しいほどに辛かった。)
ルリアンは今朝ローザに言われたことを思いだした。
――『あなたに奇跡が起きるまで、トーマス王太子殿下の愛情を信じなさい。それがこの世界で生きるすべでございます』
――『情緒不安定なのは、夢の中の恋人だけではなく、トーマス王太子殿下のことも慕われているからでしょう。その感情は素直に認められればよいのです』
(私は……トーマス王太子殿下のことを愛してるの? それでも昂幸は許してくれるの? この世界は創られた世界だから?)
「私は……夢の中のタカユキもトーマス王太子殿下も愛しています。それでもよいのですか」
トーマス王太子殿下はやや不満げだった。
「タカユキもか。私に瓜二つなんだよな。致し方ないな。私がルリアンの夢の中から、そいつを抹消してやる」
トーマス王太子殿下はタクシーの後部座席にも拘わらず、ルリアンを強く抱きしめてキスをした。それはとても優しいキスだった。
耳を塞いでいたタルマンは、慌てて目を塞ぎ「うおおーー!!」と、謎の雄叫びを上げた。トーマス王子殿下もルリアンもそんなことはお構いなしにキスを続けた。
コンコンとタクシーの窓がノックされ、二人はパッと離れた。タクシーの窓にカエルみたいに張り付いたローザがニヤニヤしながら、二人を見つめていた。
「そろそろ出発しますよ。サファイア公爵家の領地の葡萄畑の道順は私の方がよく存じ上げているので、公用車が先導します。もうチューは宜しいですか?」
「や、やだ。ローザさん、お待たせしてすみません。義父さん、公用車のあとを着いていってね」
「こ、こんなに心臓がバクバクしているのに、私に運転しろと? トーマス王太子殿下、あなたはパープル王国の王位継承者です。それなのに私の娘にチューをするとは、私の娘を愛人か第二夫人にでもするおつもりですか? 私の大切な娘の気持ちを弄ぶとは、たとえ王太子殿下でも許しませんぞ!」
弱いくせに大見得を切るタルマンに、ルリアンは呆れる反面、少し嬉しかった。それはルリアンを義理の娘ではなく、実の娘のように思っていることの現れだからだ。
「義父さん、鼻息荒すぎだよ。トーマス王太子殿下に暴言吐かないで」
「暴言? どこが暴言なんだ。ルリアンにチューしたんだぞ。もうお手付きとは、ナターリアにどう説明すればいいんだよ」
「お願い。母さんには黙ってて。母さんはお喋りだから」
「トルマリンさん、いえ、お義父さん。交際を申し込む前に申し訳ありませんでした。でも私はルリアンさんを愛人とか第二夫人にするつもりはありません。ルリアンさんを愛してます。いずれお妃として正式にお迎えするつもりです。ですが、今、王室も混乱が起きていて、直ぐに婚約とはならない可能性もありますが、どうか私を信じて交際を認めて下さいませんか?」
「ルリアンがトーマス王太子殿下のお妃……! ふあああ……い、い、意識が飛びそうだ」
タルマンは驚きのあまり、白目を剥き倒れそうだった。
「やだ。義父さん、しっかりしてよ。今見たことも、今聞いたことも忘れて、運転に集中して! ほら、公用車が出発したよ。ボヤッとしないで」
「ふう、わかってるよ。私はプロの運転手なんだから。二人ともシートベルトをして下さい。二度と私の背後でチューはしないで下さい。いいですね。チューしたらブレーキ踏みますから!」
ルリアンとトーマス王太子殿下は顔を見合わせて笑った。後部座席でしっかりと指を絡ませ手を繋いだ。
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