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「亜子が地方に? まさか」
「企業を甘くみないで。昂幸は自分が特別だと思ってるからそんなことが言えるのよ。私は今のままでいいから」
「亜子と遠距離になるのはもう無理だよ。精神的に耐えることが出来ても、この体が耐えられない。亜子もそうだよな」
ニヤリと笑う昂幸に、亜子は頬を赤らめた。
「やだ、もう知らない」
(確かに……。
もう昂幸から離れられない。)
高校生の時から留学していた昂幸。あの頃は亜子も昂幸もまだ純粋で、体の関係に溺れることもなかった。
今の亜子は心も体も昂幸に溺れてる。亜子の目の前で、憎らしい笑みを浮かべる昂幸に。
――朝食を済ませた二人は、昂幸がオーダーしたスーツを銀座まで取りに行き、二人でショッピングをした。
昂幸のスーツは亜子の義父が購入する特売のビジネススーツではなく、全てブランド品だ。シャツもネクタイも靴も全てブランド品。昂幸にその意味がわからない限り、亜子は昂幸との結婚はないと思った。
二人が仲良く歩いているところを三田銀行の関係者に見られては困る。亜子は帽子を目深に被りそわそわと落ち着かないが、昂幸はそんなルールもわかっていないようだ。
(本当に脳天気なおバカさんなんだから。)
「そろそろ帰らないと」
「そうだね。執事の白石に迎えに来るように電話するよ」
「ダメよ。私は電車で帰るわ」
「これから同じ場所に帰るのに?」
「わかってないな。昂幸は三田邸、私は三田家の社宅。私達はもう高校生じゃないのよ」
「じゃあ、タクシー乗り場で別々に帰ろう。それならいいだろう」
「わかった」
亜子は堅実な性格、普段はムダ遣いはしない。電車で帰ればいいと思ったけど、昂幸にそこまで言われたら断れなかった。
タクシー乗り場に最初に来たタクシーに昂幸は一人で乗り込んだ。
「亜子、あとで電話する」
「うん」
亜子は次に来たタクシーに乗り込む。タクシー運転手の名前は個人情報防止のため、カタカナで記載され顔写真も掲載されてはいない。自動車も全てEV《Electric Vehicle》で自動操縦だ。
亜子が子供の頃はガソリン車が主流だったし、AIロボットも性能は完璧ではなかったが、今では大企業の受付もAIロボットになり、アナウンサーもAIロボットがいる時代だ。アニメで観たSFの世界が現実になりつつある。
(そのうち車が空を飛ぶ時代がくるんだろうなあ。)
亜子がそんなことを考えていたら、聞き覚えのある声がした。
「亜子、なーんだ。亜子じゃないか」
「やだ、義父さん!? 最悪」
「義父に向かって最悪とはなんだ。最高だろう。個人タクシーだし、社宅に帰るのなら回送にするよ」
「ラッキー。社宅に帰るわ」
「亜子、さっき昂坊と一緒だった気がしたが、気のせいだったかな? 昨日は高校時代の友達のところに泊まったんだよな?」
(普段は鈍感なのに、こういうことだけは目敏いんだから。)
「気のせいだよ。大体、三田様のご子息を昂坊なんて呼ばないで。もう立派な大人なんだからね」
「高校でアメリカに留学して、ずっと逢ってないから、父さんにはまだ昂坊のイメージなんだよ。二人は付き合ってるのか?」
「三田銀行は社内恋愛禁止だから、付き合ってないよ」
(義父さんは口が軽いから、本当のことは話せない。今は家族にも秘密の交際だ。)
「義父さん、交通量多いんだからよそ見しないでね」
「大丈夫だよ。今は自動操縦だし。そのうちタクシー運転手もみんなAIロボットになるのかな。いずれ人間はいらなくなる。商売上がったりだ」
自動操縦なのに、タクシーは急に蛇行走行になった。
「義父さん、ハンドル操作して。自動操縦変だよ。上手く操作できてないよ。スピードも上がってる。きゃあ、どんどんスピード上がってる! 義父さん、止めて! ブレーキ踏んで!」
「あれ? あれ!! ブレーキがきかない! あ、亜子! ヤバいぞこれは……! 故障だ! 車が暴走してる! 亜子ーー!」
「きゃあああーー!! 義父さん!!」
木谷のタクシーは猛スピードでガードレールに激突して大破した。モクモクと上がる黒煙。木谷は朦朧とした意識の中で後部座席に視線を向けた。意識のある木谷とは異なり、亜子は気を失っていた。『亜子は無事なのか、亜子は生きているのか』、木谷は気を失う直前、小さく呟いた。
「嘘だろう……」
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