16
「なんでもありません。覚えます。死ぬ気で覚えます」
「意気込みは立派ですが、死なれては困りますよ」
ローザは笑いながら、優しい眼差しでルリアンを見つめた。
(ローザさんなら、私の話を信じてくれるかもしれない……。今は二人きりだ。今なら切り出せるかも……。)
ルリアンが躊躇していると、秘書室のドアがノックされた。ローザがドアを開けると、そこにはメイド服を着た幹本瑠美が立っていた。
「瑠美!」
「ルミ? この者はメイドのルル・アクアマロンです。アクアマロンさんどうされました?」
「スポロンさんから配置転換を命じられまして。メイドから秘書に昇格だそうです。ドミニク殿下のご一族が王族に復帰し、王室に戻られたために秘書が必要だと申され……。あの……学のない私に出来るでしょうか。ローザさんの許可を得てくるようにとの指示でご挨拶に参りました」
ローザにはルリアンが秘書室に配属されたことに、他の秘書が疑念を抱かないためにスポロンがアクアマロンをメイドから秘書に昇格させたのだとすぐに察した。
「ルル・アクアマロンさんはメイドですが大層優秀だと聞いております。確か公立パープルワンハイスクール出身ですね。こちらのルリアン・トルマリンさんも同校出身です。容姿端麗、きっと良い秘書になれるでしょう。合格です。歓迎しますよ。スポロンさんには私から制服を支給するように連絡します。とりあえず今日はメイド服のままお入りなさい」
「はい」
(彼女はルル・アクアマロン? どう見ても髪色以外は瑠美だ。この世界では別人だとしても安心できる。)
ルルが笑顔でルリアンに近付く。
「ルリアン・トルマリンさん、同席しても宜しいですか? 私は元メイドで秘書などしたことはなく右も左もわかりませんが、よろしくお願いします」
「私は金融機関で働いていたため、王宮のことすらわかりません。アクアマロンさんは王族の顔と氏名も、執事や秘書、メイドの顔と氏名もおわかりでしょう。私はそこから暗記しなければいけないので大変です」
「金融機関からですか。他業種から王室の秘書だなんて、異例中の異例ですね。確かルリアンさんのお母さんは炊事係だそうですね」
「よくご存知ですね」
「先ほど炊事係にマリリン王妃のティータイムのデザートをお願いに行ったら、ナターリアさんが『娘が秘書に採用されたのよ』と、大変喜ばれていたので」
「やだな。母さんったら。お喋りなんだから」
「ナターリアさんは明るくていい人です。でも同じハイスクール出身だとは奇遇ですね。専攻が違ったので存じ上げませんでしたが、もしかして……ルリアン・トルマリンさんは七年前、同校のポール・キャンデラの事件の……」
(やはり同じハイスクールならあの事件は誰もが知っている。ポール・キャンデラは生徒会長だったのだから……。)
ローザは二人の会話を遮る。
「アクアマロンさんはメイド経験も長いので、トルマリンさんよりも早く覚えられるかもしれませんね。二人とも私語禁止で集中して下さい。雑談は休憩時間にして下さい」
「はい。すみません」
ルリアンはルルと顔を見合わせて笑った。ルリアンは友人に再会できたような昂揚感で満たされた。
―昼休憩時間―
秘書は仕える殿下により昼休憩の時間は異なる。まだ秘書研修中の二人は仲良く使用人専用の食堂で昼食を取る。昼食は現世の従業員専用食堂みたいにAランチ、Bランチ、Cランチと三種類から選べ料金は無料だ。
仲良くAランチの肉料理を選んだ二人は空席に並んで座った。そこに現れたのはイケメン執事二人を引き連れたアニーだった。アニーは誇らしげな顔だ。周囲にいた女性の使用人からは明らかに反感をかってる。
Aランチはチキンソテーとパンとスープだ。
「あら、メイドが秘書に昇格したと聞いたけど、あなたなの? 二人仲良く同じメニュー? 美味しそうね。新人さん、早く仕事を覚えて下さいね。私達の負担が軽減されますから」
アニーはみんなの手前、優しく微笑み席に座る。若い執事の一人ミラン・モーリーがBランチの魚料理をアニーに運ぶ。ショー・コミニカは執事二人分の食事を運ぶ。アニーは秘書なのにまるでお姫様扱いだ。
「モーリーさんは自分で料理されるんですね。男性がお料理出来るなんて素敵だわ。コミニカさんはスポーツ万能だとか。二人ともAランチなのね」
「アニーさん、男だって料理くらいしますよ。でも執事になってしてないかな。料理は使用人専用の食堂でいただけますから。王宮の料理は絶品です」
モーリーは満足そうに肉料理を堪能している。
「モーリーさんは恋人はいないの?」
「いませんよ。まだ執事の仕事に慣れるのに必死ですから。優秀なアニーさんが羨ましいです。王位継承第一位のトーマス王太子殿下の秘書なんて、なかなかなれるものではありませんから」
モーリーが爽やかな笑みを浮かべ、アニーを見つめた。コミニカはチラチラとルルとルリアンを気にしている様子だ。現世も異世界と男性は同じだ。女性が気になって仕方がない。
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