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「あなたもドミニク殿下のお孫様であられるトータス王子の執事に大抜擢されたなんて凄いですわ。トータス王子は王位継承第二位になられるというお噂ですから」
(ドミニク殿下の孫、トータス王子? ドミニク殿下一族の顔と氏名をさっき覚えたばかりだ。彼らはその一族の執事なんだ。)
「トーマス王太子殿下に第二秘書が採用されたとか。アニーさんだけで十分なのに何故でしょうか? もしかして、あの見慣れない女性がそうですか?」
「そうよ。新人のルリアン・トルマリンさん。彼女の母親は炊事係でこの美味しいお料理を調理場で作られてるわ」
嫌味を含めた棘のある言葉に、ルリアンは不快になる。
「炊事係の娘が、トーマス王太子殿下の第二秘書ですか? あり得ませんね。どんな手を使って潜り込んだのでしょう。油断も隙もありませんね」
「秘書室長のローザ・キャッツアイさんと面識があるみたいよ。スポロンさんと炊事係の母親は親しいみたいだし。ご主人がいながら、ただならぬ仲とか? クスッ」
(私に聞こえるように話すなんて、母には全く関係ないでしょう。職業差別だわ。それに『ご主人がいながらただならぬ仲』とは、まるで母がスポロンさんと浮気してるみたいじゃない。母は無理矢理私をスポロンさんと見合いさせるつもりだったんだから。それも、どうかと思うけど。)
ルリアンはチキンソテーをペロリと完食し、アニーに一言文句を言うつもりでスクッと立ち上がった。ルルは驚き、ルリアンを見上げた。
その時、食堂がザワザワとざわついた。ルリアンは自分のただならぬ殺気がみんなに伝わってしまったのだと解釈し、一瞬躊躇した。その時、不意に誰かの気配を背後に感じた。
「野うさぎさん、次は何を食べるのかな?」
耳元で囁かれた甘い声にルリアンは目を見開いた。食堂にいた女性使用人から黄色い声が漏れた。若い執事に囲まれていたアニーが慌てて立ち上がる。
「これはトーマス王太子殿下、私に御用でしょうか。使用人の食堂など来られずとも、お食事はメイドがお部屋にお運びしたはずですが」
「ああ、あれね。私もたまにはみんなが食しているものを試食してみたくなってね。君は新しく着任する私の秘書だよね? 君のお母さんは皿洗いから調理場担当になったそうだね。料理は上手く、ランチのレシピはお母さんが考案しているそうだね。私もAランチにしようかな。君もお代わりする?」
「し、しません」
ルリアンは使用人専用の食堂に突然姿を現したトーマス王太子殿下が、ちゃっかり自分の前に座り、苛立ちを隠せない。
「トーマス王太子殿下、Aランチならこの私がお部屋にお運び致します」
アニーは慌てて立ち上がり、ハイヒールを椅子に引っかけ転びそうになり、ミランに抱き止められた。
トーマス王太子殿下はその様子を見て、アニーにこう言い放った。
「君はとても優秀な秘書だ。だが、新人の家庭環境まで他の使用人の前で話し、しかもトータス王子やトニー王子の執事とも随分親しいようだね。私は身分で人を差別したり、男性に色目を使い我が物顔に振る舞う女性は苦手でね。仕事は出来なくても欲深さのない純朴な秘書の方が好ましい。アニー・アントワネット、本日付で私の秘書を解任し、新たな配属先はドミニク殿下の秘書とする。ドミニク殿下は前国王陛下の弟殿下、ご高齢だが優秀な秘書をお求めだ。宜しく頼みますね」
「この私が……解任? ドミニク殿下ですか。畏まりました。ルリアンさんはまだ秘書実習生です。引き継ぎは秘書室長にお任せします。では、このような場所ですが、トーマス王太子殿下、今までありがとうございました。失礼します」
アニーはプライド高き女性。
ドミニク殿下は王位継承権はない。明らかに左遷だが、アニーはそんな素振りを微塵も見せることなく、ドミニク殿下一族の若き執事を引き連れ食堂から出て行った。
「トーマス王太子殿下、こちらがAランチでございます」
ルルはトーマス王太子殿下のテーブルに、然り気無くAランチを置く。流石元メイド、手慣れたものだ。
「君はメイド服だね。メイドなの?」
「私はルル・アクアマロンです。メイドでしたが、本日付で秘書に配置転換されました。担当はまだ決まっておりませんが、ルリアンさんと一緒に秘書の研修を受けています」
「そうですか。チキンソテーのいい匂いがします。アクアマロンさん、ありがとう。いただきますね」
ルルはトーマス王太子殿下の一言一句に感動し頬を染めた。使用人専用食堂はトーマス王太子殿下がいるだけで華やかになる。ルルはトーマス王太子殿下の食事が終わるタイミングを見計らい、トーマス王太子殿下にコーヒーを運びテーブルに置いた。
「ありがとう。アクアマロンさんは優秀な秘書になれますよ。そうだ。トルマリンさんは私の秘書になると聞いています。食後に個人面談をします。秘書室長には許可を得ています。あとで私の応接室に来て下さい。私の部屋は三階です。場所がわからなければ、アクアマロンさんに聞いて下さい。元メイドの経験上王宮の間取りはよくご存知かと。アクアマロンさん、トルマリンさんに教えてあげて下さいね」
「はい。畏まりました」
(わざとらしいな。トーマス王太子殿下の部屋なら何度も訪れたことはある。個人面談だなんて、単なる理由。ローザさんにまた『色ボケ』だと言われても知らないからね。)
ルリアンはテーブルの下で、トーマス王太子殿下の足を踏みつけた。
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