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 ◇


 一足先に使用人専用食堂を退室したトーマス王太子殿下。ルルはその背中を見つめ羨望の眼差しで見つめた。


「素敵すぎる。いいなあ、トルマリンさんはトーマス王太子殿下の秘書なんだよね。私、アントワネットさん苦手だったんだ。高飛車でメイドをバカにしてたから。トーマス王太子殿下がアントワネットさんを解任された時はスカッとした。トルマリンさんはもう第二秘書じゃなくなって、正真正銘の専属秘書ね。凄すぎる。私も実習頑張って認めてもらわないと。トルマリンさんはトーマス王太子殿下の応接室で面談だよね。使用人専用のエレベーターがあるから案内します。それに乗り三階で降りて下さい。応接室の前に、多分執事のスポロンさんがいると思います。スポロンさんに話をすれば、トーマス王太子殿下の応接室に案内してくれます。優しい人だから安心して。じゃあお先に研修に戻りますね」


「はい。アクアマロンさん、ありがとうございました」


 使用人専用エレベーターは高校生の頃にも、何度か使用している。スポロンはルリアンとトーマス王太子殿下の秘密を知っている人物だ。ルルに嘘をついているようで、ルリアンは申し訳ないと思った。


 トーマス王太子殿下とルリアンの関係。

 今まで通りというわけにはいかない。ルリアンは暫くは交際をストップすると宣言したのに、使用人専用の食堂に姿を現して、わざわざ呼び出すなんて、明らかに公私混同としか思えなかった。


 ルルに教えられた使用人専用のエレベーターに乗り込み、ルリアンは三階に向かう。エレベーターを降りると、スポロンが立っていた。警備員の姿は見られない。


「ルリアンさん、秘書の制服がよくお似合いですね。パープルのタイトスカートも首のスカーフも素敵です。警備員は今巡回に行かせました。トーマス王太子殿下が応接室でお待ちです。本日付で正式にトーマス王太子殿下の専属秘書なので、今後は警備員の目を気にすることなく入室して下さい」


「スポロンさん、トーマス王太子殿下はアントワネットさんを解任されました。私のような素人が秘書として通用するのでしょうか?」


「大丈夫ですよ。トーマス王太子殿下が全て上手くやりますから」


 (それが出来ないから、困っているのに。私達の関係が王宮中に知られるのも時間の問題だな。)


 ノックをしてドアを開けると目の前にはトーマス王太子殿下が両手を広げて立っていた。


「うわっ、な、何してるの? 驚かせないで」


「サプライズだよ」


 トーマス王太子殿下はすぐにドアを閉めた。


「待ちきれなくて、ドアの前で立ってた」


「もしも来なかったらどうするつもり。ずっと両手を広げて立ってるつもりだったの?」


「絶対来ると思ってたからね。だって今日はまだキスしてないし」


「ばか」


 トーマス王太子殿下は軽々とルリアンを抱き上げ、チュッと唇を奪った。


「はぁ、生き返った。禁断症状起きる」


「大袈裟だな。私、まだ研修中なんだけど。ベテランのアントワネットさんを皆の前で解任するなんてどういうつもり?」


「邪魔者がいない方が、ルリアンとたくさんキスできるから」


「冗談はやめて。ローザさんに知れたらカンカンだよ。それに私、専属秘書なんて自信ないよ」


「彼女はドミニク殿下一族の執事と親しいようだ。ドミニク殿下一族の情報も知り得るが、逆に私や国王陛下の機密情報を漏らすことも考えられた。それにルリアンのお母さんを見下した発言は、私の秘書には相応しくない。ルリアンのお母さんでなくても、炊事係や洗濯係等の下働きがいるから、この王宮は成り立っている。それを見下すとは言語道断だよ」


「トーマス王太子殿下が下働きの者を庇って……。お気遣いありがとうございます」


「私は王族の血は流れていないからね。身分で人の価値を計る者が許せないんだ」


 ルリアンはリビングのソファーに降ろされ、トーマス王太子殿下に強く抱き締められた。


「トーマス王太子殿下、これ以上はダメですよ。秘書になるからには恋愛関係はストップですからね」


「スポロンもローザも了承済みだよ」


 トーマス王太子殿下はルリアンの鼻にチュッってキスを落とす。


「そうかしら? ローザさんはトーマス王太子殿下のことを『色ボケ』だと仰ってましたけど」


「キツいな。ローザには一生頭が上がらないよ」


「どうしてローザさんが王宮の秘書室長に?」


「秘書と執事は常に王族の傍にいる。それなりの教育が必要だと、母が思ったんだろう」


「母って、メイサ妃ですか。それなりの教育とは護身術のこと? あの年齢でローザさんは凄いですよね。七年前と少しも衰えない。何年経っても変わらない」


「ローザは怪物だからな」


「怪物だなんて、女性に対して失礼です」


「ドミニク殿下一族が王位継承を狙っているんだ。王族の血を引く者が王位継承することを、私は反対はしないが、国王陛下は危惧されている。ドミニク殿下一族は不祥事も多く一度は王族の地位を捨てた。公爵家として随分傲慢なことをしていたようだ。王族の減少を理由に王宮に戻ったが、この穏やかな王宮で一波乱ありそうだ。そのためにもルリアンには私の傍にいて欲しい」


 (ドミニク殿下一族が……王位継承を狙っている? 王位継承第一位はトーマス王太子殿下だと決まっているのに。それは……国王陛下やトーマス王太子殿下の命を狙ってるってこと?)

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