19

「トーマス王太子殿下は高校生の私を命がけで守ろうとしてくれました。ポール・キャンデラが腕時計に小型爆弾を仕掛けたと発言したのに、自分の命を惜しまなかった。今度は私がトーマス王太子殿下をお守りします」


「ルリアン……。君を二度と危険な目には遭わせない。愛してるんだ」


 重なる唇……。

 思わず甘い吐息が漏れる。


 (トーマス王太子殿下に恋をしてはいけないのに、自分で恋愛関係はストップすると言ったくせに、現世に戻るすべを知らない私は昂幸とトーマス王太子殿下を重ねてしまっていることに気付き、罪悪感に苛まれた。)


 そのままソファーに縺れ込むように押し倒されたルリアンは、いけないことと知りながらもトーマス王太子殿下のキスを受け入れた。昂幸のことを想いながら……。


 ――その時、ドンドンとドアを叩く音がして、トーマス王太子殿下とルリアンは慌てて離れる。


 ドアが開き、そこにはローザが腕組みして立っていた。恰幅のいいスポロンがローザの背後で小さくなっている。


「トーマス王太子殿下、ルリアン・トルマリンはまだ秘書ではありませんよ。私はメイサ妃の命令を受けパープル王国に参りました。国王陛下より秘書室長を任命されたからには、このような公私混同は認められません。そもそも秘書というのは、殿下に体を提供することが職務ではありません。それなのに真っ昼間から新人秘書と淫らな行為に及ぶとは、王位継承者としてあるまじき行為。また私にお尻を叩かれたいのですか?」


 トーマス王太子殿下は『やれやれ』と言わんばかりに口をへの字にした。


「はいはい。ですが、私は新人秘書と面談していただけですよ」


「どこが面談ですか。唇に口紅がついてますけど」


 (トーマス王太子殿下の唇に口紅!?)


 ルリアンは慌てて白いハンカチを取り出し、トーマス王太子殿下の唇を拭う。でも白いハンカチに口紅はつかなかった。


「ほーら、やっぱり。色ボケも大概にして下さい。お二人の真剣交際はメイサ妃もご主人様レイモンドもお認めになっていますが、今はそれどころではないでしょう。アニー・アントワネットを勝手に解任し、ドミニク殿下の秘書に任命されたそうですね。国王陛下や私の指示も仰がず、無断で配置転換するのはおやめ下さい。アントワネットは優秀な秘書です。性格には多少問題はありましたが、敵側に回すと怖いですよ。ルリアンさんとイチャイチャしてる場合ではございません。ルリアンさん、秘書研修の続きをします。午前中の課題がクリアできないのなら、今すぐ秘書室にお戻り下さい。アクアマロンさんはほぼ完璧でございますよ。一度見た顔は忘れない類い希な記憶力。特殊能力並に優れています。このままではルリアンさんは間違いなく秘書の落ちこぼれになります。遊んでいる暇はありませんよ」


 ルルを褒めちぎるローザに、ルリアンは慌ててトーマス王太子殿下に頭を下げる。


「トーマス王太子殿下、研修に戻ります。失礼します」


「では、ルリアン・トルマリン、ローザ・キャッツアイの下でしっかりと研修し、一人前の秘書となるように。1日も早い着任を待っているよ」


 言葉が終わらないうちに、トーマス王太子殿下の臀部にバシッと痛みが走る。


「痛っ……」


「王太子殿下たるもの、デレデレしない。では、ルリアンさん秘書室に戻りましょう」


 『してやったり』と言いたげなローザに、トーマス王太子殿下もスポロンも苦笑いするしかなかった。


「ルリアンさんが秘書として着任されるまでは、このスポロンが秘書兼執事を兼任させていただきますゆえ、ご安心下さい」


「宜しく頼む。ローザには敵わないよ。母以上の厳しさだ。ルリアンに耐えられるかな。音を上げて辞めたりしないかな」


「大丈夫でございます。ルリアンさんは公爵令嬢のように柔ではございません。強く逞しいお方です。公爵令嬢といえば、御生母様もなかなか度胸の座ったお妃でございました。ルリアンさんならどんな荒波でも船を漕ぐ力をお持ちです。必ずや苦境を乗り越え立派なお妃となられましょう。いや、お妃とは少し気が早すぎましたね」


「じい、かなり気が早すぎだよ」


「元メイド出身のマリリン王妃の前例もございますからね。もう身分違いは御成婚の妨げにはなりません。この私にお任せ下さい。マリリン王妃に絶対反対はさせませんから。ですが問題はドミニク殿下一族です。アラン殿下のご嫡男トータス王子がどなたと御成婚されるか。高貴な方を選ばれたなら、それにより国民の意見も分かれるでしょう」


 トーマス王太子殿下はそれでもやむを得ないと思っていた。そうなればルリアンと共にパープル王国を去ることも致し方がない。


 王室を選ぶか、ルリアンを選ぶか、その二択しかないのなら、選択肢はひとつしかないからだ。


 ただし、気がかりは血の繋がらないトーマス王太子殿下を慈しみ育ててくれた、国王陛下のことだっだ。

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