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ルリアンはローザのあとをついて使用人専用エレベーターに乗り込んだ。
「ルリアンさん、先ほどは失礼致しました。実は使用人専用食堂にトーマス王太子殿下が現れ、食事をされたとアクアマロンから聞き、そのあとトーマス王太子殿下が面談をするから応接室に来るようにとルリアンさんに命じたとの報告を受け、その周辺にはドミニク殿下一族の執事や多数の使用人がいたことも判明していたため、慌ててトーマス王太子殿下の応接室に伺った次第です。まだお二人の交際は公にはできません。これは国王陛下やトーマス王太子殿下の王位をお守りするため。わかっていただけますね」
「はい。わかっています。軽率な行動でした。申し訳ありませんでした」
「それより、私にはいくつか不可解なことがございます。ルリアンさんがアクアマロンさんのことを『ルミ』と呼ばれたことです。お義父さんはお元気ですか? 失踪されたとか、また記憶喪失になられていませんか?」
「義父は元気ですよ。七年前の事件や事故の記憶は昏睡状態だったせいか曖昧ですが、母や私のことははっきり覚えています。個人タクシーの稼ぎだけでは生活はできませんが、母が調理場で頑張ってくれているし、使用人宿舎にも住まわせていただき、私の収入もありますから生活できています。アクアマロンさんを『ルミ』と呼んでしまったのは、ハイスクールの友人に似ていたからです」
「本当にそれだけですか? それならよいですが、何かお困りなら私にご相談下さいね」
「……はい」
ルリアンは自分が現世から異世界に来たことを話したかったが、ローザに信じてもらえるとは思えず、この日は言えなかった。
エレベーターの扉が開き、再び秘書室に戻ったルリアンは、僅かな時間にルルが王宮関係者の顔と氏名を全て覚えていることに唖然とした。
「どうやって暗記したの?」
「私は幼少期より一度目にしたことは全て記憶できるのです。トルマリンさんは計算は得意なようですが、暗記は苦手なようですね。容姿のポイントで氏名を覚えては如何でしょう。眉の太さや目や鼻の形、黒子の位置や髪色、顔全体を覚えなくても、ポイントを抑えることで記憶しやすくなりますよ。もしも忘れてしまったら、こちらから『新人秘書のルル・アクアマロンでございます』と自己紹介すれば、お相手も名乗って下さいますよ」
「なるほど。ポイントで覚える。白髪に恰幅のいい強面の執事はアジャ・スポロンとかですね」
「はい。私はハイスクールを卒業しすぐにメイドとして長年王宮で働いていたため、ルリアンさんより早く暗記できたまで。焦らなくても大丈夫です」
「ありがとう。ちょっと気力がわいてきました」
ルルとルリアンの話を聞いていたローザが、ルルに近付く。
「アクアマロンさんはメイドの経験もあり、マナーや言葉遣いも申し分ありません。最後のステップ、護身術の指導をするため別室に移動して下さい。トルマリンさんは引き続き王宮関係者の顔と氏名を暗記するように」
「はい」
アクアマロンは礼儀作法やマナー講座も飛ばし、いきなり最後の護身術。ルリアンはすっかり取り残された気分になった。
(落ちこぼれ決定だ。これではいつ秘書として働けるのかすらわからない。でも落ち込んでいる暇はない。私はすでに金融機関を退職して秘書をクビにされたら無職だし、トーマス王太子殿下をお守りすると約束したのだから。)
一人きりになったルリアンは、ルルのアドバイスを元に顔と氏名を暗記していく。この膨大な数を一度見ただけで忘れないなんて、本当に特殊能力としか思えない。
「もしかしたら、アクアマロンさんの方がトーマス王太子殿下の秘書に相応しいのかも。私だと務まらないよ」
一人でぶつくさ文句を言いながら、暗記していると秘書室のドアが開いた。そこにいたのはアニー・アントワネットだった。その背後には食堂で逢ったトータス殿下の執事のミラン・モーリーがいた。
「異動の御挨拶に伺ったのに、秘書室長はいないのね。もう一人の新人は?」
「彼女は優秀なので、秘書室長に別室にて護身術をおそわっています」
「もう護身術? ただのメイドだと思ってたけど、どうやら違ったようね。あなたはまだそんなことをしているの? そんなことでは一週間経っても一ヶ月経ってもトーマス王太子殿下の秘書にはなれなくてよ」
「はい。頑張ります」
「私はドミニク殿下の秘書になったけど、これで終わったわけではないから。ドミニク殿下は前国王陛下の弟殿下。一族はシルバーの髪色でパープル王国の王族に最も相応しい血筋。トーマス王太子殿下やあなたみたいな黒髪ではないわ。ドミニク殿下一族の秘書や執事はこの度、別宅の宮殿に移ることになりました。アラン殿下や三人の王子の秘書はまだ決まっていないけど、こちらから数名異動することになると思うわ。あなたもせいぜい頑張ることね」
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