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秘書の制服に着替え、秘書室に行く。現世の銀行でいえば朝礼だ。一番後列にならんだルリアン。室長らしき人物がツカツカとみんなの前に立ち、皆に危機管理について詳細に述べている。
(秘書なのに、危機管理? スケジュール管理の間違いじゃない?)
他の秘書よりも身長が低いルリアンは思わず爪先立ちで、室長の顔を見た。
「ローザさん!」
思わず声を発し、身を縮めたがすでに遅し。またもや秘書の冷たい視線を浴びた。
(でも、彼女は確かに乙女ゲームのローザ・キャッツアイ。2でルリアン・トルマリンの救出に貢献した女性で、トーマス王太子殿下の御生母様の侍女。ゲームの脇役ながら、なくてはならない存在感で、私の大好きなキャラクターだ。でもどうしてローザさんが? メイサ妃とレイモンドさんの御邸宅の侍女ではなかったの?)
「あなたは新人のルリアン・トルマリンですね。『はじめまして』と申し上げたいところですが、トルマリンさんとは面識がございます。ですが、現在私は王室の秘書室長として秘書の心構えの指導兼要人警護をするための護身術の指導もしております。この王宮で特別顧問として働いております。今後は皆さんとの公平性を保つために、ローザではなくキャッツアイとお呼び下さい。それでは、皆さんはそれぞれの担当の王族の方に従事するように。ルリアン・トルマリンさんは新人研修を行いますゆえ、この場に残って下さい。以上、皆、職務につきなさい」
「はい」
(みんな背筋をピンと伸ばし、凛として勇ましい。秘書なのに要人警護の護身術なんて必要? ボディガードも警備員も常駐しているのに必要なくない? 現世の銀行の秘書はスケジュール管理とか管理職の顧客の接客が主な仕事だったはず。)
全員が秘書室を出たのを確認し、ローザは厳しい面持ちでルリアンに歩み寄る。そしてルリアンの正面に立つと、ニンマリと微笑みルリアンを両手で抱き締めた。
「わ、わ、キャッツアイさん!?」
「ルリアンさん、お久しぶりですね。美しいレディになられて、ローザは嬉しく思いますよ。メイサ妃やご
「キャッツアイさん……。私とトーマス王太子殿下のことをご存じで?」
「二人の時はローザで結構ですよ。皆の前では厳しく接しますが、それはご容赦下さいませね」
ローザはルリアンにウィンクする。高齢の女性なのにどこか愛らしく、ローザに護身術の指導ができるのかとルリアンは不思議でしょうがなかった。
「ローザさんはどうして王宮に?」
「ルリアンさんとポール・キャンデラの事件から七年、その間に色々とございました。メイサ妃のご両親もご高齢となり、メイサ妃はご主人様とユートピア様と共にサファイア公爵家にお戻りになられました。海外留学されていたトーマス王太子殿下がご帰国されることとなり、私はメイサ妃のご命令により王宮に派遣されました。国王陛下の許可を得て秘書室の特別顧問となりました」
「そうだったんですね。先ほど朝礼を拝見しましたが、皆さんまるで警察官のように凛々しくて驚きました」
ローザはクスリと笑った。
「まるで警察官ですか? そう見えたならもう少し秘書としての振る舞いの指導が必要ですね。ルリアンさんが秘書になられることで、きっと皆の心構えにも変化が起こるでしょう。では、王太子殿下の秘書としての実習を始めます。着席下さい。基本から指導しますので」
「……は、はい」
ルリアンは言われた通り着席した。ローザはデスクの上に数冊のファイルをドンッと置いた。
「先ずは王族の方々の顔と氏名を全て暗記して下さい。王族の方々と親しい公爵家の顔と氏名もです。次は王宮に仕える警備員やボディガードの顔と氏名を暗記して下さい。次に王族に仕えている執事や秘書の顔と氏名を暗記して下さい。次に下働きしているメイドや炊事係、洗濯係、清掃係等、王宮に出入りする者全ての顔と氏名を暗記して下さい。それが終わったら隣国の王族の顔と氏名も暗記して下さい」
「そ、それって……。数百人ですよね?」
「王宮に拘わる全ての人々と友好国の関係者を含めれば数千人でしょうか」
「数千人? む、無理です。ムリムリ。私、勉強は苦手なんです。AIではないので記憶力も乏しくて、自分が誰なのかもわからないんですから」
「エーアイとは? 誰かの名前ですか? やる前からもう弱音ですか? はて、『自分が誰なのかもわからないんです』とは? 色ボケですか?」
(しまった。つい本音が……。でも色ボケって酷い。いくらローザさんが有能な秘書室長でも、私のハチャメチャな現状を信じてくれるはずはない。)
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