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「私はルリアンと毎日キスをしないと禁断症状が起きる。別れたら死ぬかも」


「バカ」


 (バカなセリフは昂幸と同じ。トーマス王太子殿下は私にチュッとキスをした。)


「トーマス王太子殿下は狡い」


「王太子殿下なんて言わないでくれ。トーマスでいいよ」


 トーマス王太子殿下はルリアンを両手で抱きしめて再びキスをした。


「ダメ」


「どうして?」


 トーマス王太子殿下は一言発する度に、ルリアンにキスを落とした。


「だから、狡い。今は食事中なのよ」


「そうだよ。今すぐルリアンを食べたい」


「ダメったら、ダメ」


 (私は昂幸が好きなんだ。浮気してるみたいで嫌だ。こんなに何度もキスされたら、今夜寝れなくなりそう。)


「食事したら帰ります。第二秘書になるなら、ちゃんとケジメをつけたいの。第二秘書を勤めてる間は交際はストップします」


「ルリアン、今、何て言った?」


「暫く、仕事に集中したいから。一緒にディナーするのは今夜で最後にします」


「ルリアン、それ本気で言ってる?」


「はい。本気です。どうしてもディナーするなら、アントワネットさんも同席しないと不自然でしょう」


「わかった。どちらが先に音を上げるか我慢比べか。それもいいだろう。ゲームみたいだな」


 王宮のトーマス王太子殿下の応接室。

 王宮を一歩出たら、樹木とブロック塀に区切られた敷地。同じ敷地内に住んでいるのに、王宮と使用人宿舎では異次元な空間が広がっている。


 ルリアンにはそれが、トーマス王太子殿下との境界線に思えた。


 ◇


 ―九月―


 第二秘書として王宮に初出勤。スポロンに真新しい制服を支給された。


「これはメイド服ではないですよ」


 スポロンは真顔でジョークを言うが、ナターリアからお見合いを勧められたルリアンは笑うこともできない。そんなことを知らないスポロンは何故ウケないのか不満げだ。


「例のメイド服ではないですけどね」


「スポロンさんわかってます。あの、私の母を特別扱いしないで下さい。スポロンさんに優しくされると、母は単純だから勘違いしますから」


「勘違いでございますか? わ、私は独身ですが、既婚者のナターリアさんに異性としての好意は断じてございません。ルリアンさんのお母さんだからですよ」


 必死に否定するスポロンを見て、ルリアンは思わず笑みが漏れた。


「それはわかってます。他の炊事係と同じように接して下さい。私は今日から第二秘書です。その間は王太子殿下との交際もストップしますので」


「な、なんと。それではトーマス王太子殿下の意図と反するではありませんか」


「やだなあ。何の意図ですか? 私は仕事と私情は混同しません。この制服、超ミニじゃないですよね? アントワネットさんと同じですよね?」


「もちろんです。だからメイド服ではないと何度も申し上げたでしょう。あの件はもう時効にして下さい」


 スポロンは平謝りでポリポリ頭を掻いた。


 秘書の女子ロッカールームに入ると、すでに複数の女性が制服に着替えていた。王族それぞれに専用の執事や秘書が配属されている。以前は侍女だったらしいが、国王陛下やマリリン王妃の秘書もいて、見るからに凛としてかっこいい。


 新人の私は皆から『誰?』という冷たい視線で見られた。


 自分の名前が書かれたロッカーを見つけて近寄ると、隣のロッカーには『アニー・アントワネット』と名札があった。


 トーマス王太子殿下の第一秘書は優秀だと聞いていたため、その名は知っていたが面識はなく初対面だ。先ずは新人として挨拶をするため、アニーの顔を見上げる。


「真麻!? やだ、真麻じゃない。いつ転移したの? 髪色シルバーにしたのね。派手すぎない?」


 アニーは冷たい眼差しでルリアンを見た。


「はじめまして。誰かとお間違えのようですが、私はマアサではありません。アニー・アントワネットです」


「……えっ、違うの? すみません。私は今日からトーマス王太子殿下の第二秘書に任命されたルリアン・トルマリンです。ご指導、よろしくお願いします。秘書の皆さんもよろしくお願い致します」


 他の秘書は『なにあの子? 黒髪って移民なの?』と陰口をし、冷たい眼差しでルリアンを見下している。


「トルマリンさん、おやめなさい。ここは仲良し倶楽部ではないのよ。私達は王族を支える秘書なの。ロッカールームで大声で自己紹介するなんて、下品極まりないわ」


「……すみません」


「ルリアンさんのお母さんは炊事係だそうね。スポロンさんに直訴して、あなたを第二秘書にするようにお願いされたとか。スポロンさんも炊事係のお願いを聞いて採用するなんて、信じられないわ。王族の秘書はみんな採用試験を受けているし、みんなカレッジスクール卒で家柄も由緒あるわ。秘書実習をしなくても、最低限のマナーを身につけた上で秘書として採用された者達ばかり。ルリアンさんは異例中の異例なの。他の秘書と仲良くなれるとは思わないで。私の評価を落とす真似だけはやめてね」


 (異世界のアニーも現世の真麻と同じだ。気位は高く自己中心的。せっかく知り合いを見つけたと思ったのに、やはりこの世界に私の知り合いは一人もいない。)


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