【2】異世界に転移したのは私だけ!?

13

 トーマス王太子殿下とディナーをしながら、ルリアンは今朝家族とした会話を思い出していた。


 ◇◇


『ルリアン、社会人になってもう六年目、もうそろそろ恋人の一人や二人いてもいいんじゃない? 従姉妹のマーサちゃんは秋に結婚するんだよ』


 マーサなんて知らないけど、適当に話を合わせるしかない。


『マーサちゃんが結婚? よかったね』


『ナースのマーサちゃんがドクターを射止めたんだ。親戚中が大騒ぎだよ。ドクターは高給取りだからな。ルリアンも美人なんだから、浮いた話くらいあるだろう。金融機関なんだから、社内恋愛しないのか?』


『義父さん、金融機関は社内恋愛禁止だし、無理矢理退職させられたわ』


『無理矢理退職!? なんでまた? まさか横領とかしてないよな? いくら義父さんの仕事が上手くいかず貧乏でも、人様のお金に手を出してはダメだ』


 義父は血相を変えた。目の前にいる義父は現世の大雑把でいい加減な人物とは異なり真面目な男性だった。この異世界ではルリアン・トルマリン。実父の姓ではなく義父の姓だ。環境や見た目は同じ人物像でも多少は現世と異世界は異なるとルリアンは解釈した。


 現世では義父の話を単なる妄想だと思っていたが、亜子は自分がルリアンになりやっとこれが夢ではないと理解した。


『バカバカしい。どうして私が横領しないといけないの。トーマス王太子殿下の第二秘書に任命されたのよ。私の同意なしでね』


 朝食を食べていたナターリアが身を乗り出す。


『ルリアンがトーマス王太子殿下の第二秘書? まあ! それは大出世だわ。実はね、王宮の執事でいい人がいてね。炊事係調理場の私にとても親切で優しい人なんだよ。独身だしちょっと年上だけどどうかしら? ルリアンにその気があるなら、母さんが話を進めるけど』


 王宮の執事!? ちょっと年上?

 誰よ? 執事ならたくさんいるけど。

 まさか……?


『アジャ・スポロンさんよ。ほら、ルリアンも知ってるでしょう。トーマス王太子殿下の執事、第二秘書に任命されたなら、お似合いだと思うけど。収入はドクターには負けるけど、スポロンさんは家柄もお立場も申し分ないと思うの』


『スポロンさんはちょっと年上じゃないでしょ。義父さんより年上だし、トーマス王太子殿下が『じい』と呼んでるくらい高齢だわ。ムリムリ。そうまでして私を結婚させたいの?』


『愛があれば年の差なんて、だよね~』


『あのね、年の差あり過ぎだから。母さんよりも年上だよ。スポロンさんにもご迷惑です』


『そう? 私みたいな炊事係にも優しくしてくれる、いい人なんだけどねえ』


 (それは私がトーマス王太子殿下と付き合ってるから母さんに親切にしてくれているだけ。義父さんは七年前、現世の記憶を取り戻したけど、事故で暫く病院で昏睡状態に陥り、自分がマリリン王妃の専属運転手だったことも、執事のスポロンさんとレッドローズ王国のメイサ妃の元に同行したことも忘れている。何故か私は現世の記憶も乙女ゲームのパート2までのストーリーははっきり覚えてるのに。)


『マーサちゃんが結婚するからって、勝手に結婚相手を探さないで。私はまだ二十四歳、結婚なんて考えてないんだから』


『女は綺麗なうちが華よ。もう二十四歳だし。遅いくらいだよ』


『だからって、スポロンさんは百二十パーセントあり得ませんから』


 確かにタルマンが退院し、マリリン王妃の専属運転手も解雇され、ナターリアの炊事係の収入だけでは家計は火の車だった。この使用人宿舎を追い出されなかったことが、せめてもの救いだった。


 でもそれはきっと、トーマス王太子殿下の口添えと国王陛下の温情だ。


『ナターリア、トーマス王太子殿下は留学先からご帰国されたらしいな。これでパープル王国の王位継承者も決まりだな』


『どこの公爵令嬢とご婚約されるのか、楽しみだねえ。噂ではジュニアハイスクールの頃から婚約のお話があったとか。公爵家はみんなご令嬢を見合い相手に差し出される。王太子殿下はやっぱり私達とは違うわねえ。ルリアンはまだ生娘だというのに』


『……ぶっ、母さん!』


 (公爵家はみんなご令嬢を見合い相手に差し出される? そんなバカな。女性は釣り堀の餌じゃないんだから。トーマス王太子殿下だって、誰とでも付き合うような人じゃない。)


 両親の発言に、思わず牛乳を吹き出しそうになったルリアン。生娘だと決めつける両親は現在も二人が付き合っていることを知らない。


『ルリアン、ここぞと思ったら、躊躇しないで勝負しなさいよ』


『勝負ってなにを?』


『もう貞操なんてカンケーないからね。子供を授かったら、すぐに結婚しなさい』


 (母親が『できちゃった婚』を薦めてどうするの。私とトーマス王太子殿下の恋はそんなに簡単な話じゃない。だって私の中身は亜子なんだから。)


 ◇◇


 コツンッと額を叩かれ、前に視線を向けるとトーマス王太子殿下と目が合った。


「なに考えてるの? 食欲ない?」


 トーマス王太子殿下は『おいで、おいで』とルリアンに手招きをする。膝の上に座れと合図しているのだ。


「一人で食べれます。トーマス王太子殿下、どうして私を第二秘書に任命したの? 第一秘書のアニー・アントワネットさんは学歴もあるし優秀で第二秘書なんて必要ないでしょう」


「不満なのか?」


「だって、アントワネットさん怖いから。あんな風にバリバリ仕事できないよ」


「ルリアンには癒しを求めてるんだから、バリバリ仕事しなくていいよ」


「意味がわからない。私はトーマス王太子殿下のお飾りではありません」


「はいはい。じゃあバリバリ仕事して下さい、お姫様」


「お姫様なんて呼ばないで。冗談でも笑えないから」


「つまらないな。ルリアンは私のお妃になりたいと思わないのか?」


「だから無理なの。私ね、母にお見合いを勧められてるのよ」


「ルリアンが見合い? 二十四歳だから無理もないか。相手は誰? 私がその相手と話をする」


 (その相手はスポロンだ。トーマス王太子殿下が知れば吹き出して笑うだろう。)


「バカみたい。トーマス王太子殿下が何の話をするの? ストーカーみたいだよ」


「ストーカーって? スカートのこと? ルリアンは時々わからない言葉を使うね。交際してることを誰にも言ってはいけないとか、見合い話があるとか、それって私と別れたいってことか?」


 (トーマス王太子殿下と別れたい? 別れた方がいいのかもしれない。でもそれは亜子の私であって、ルリアンの意思ではない。私は昂幸の実父みたいにレイモンドになりきらないといけないのかな。)

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