12

「義父さんも母さんも『ルリアン、ルリアン』って。義父さんは私の義父さんじゃない。母さんも私の母さんじゃない。わけわかんない。私はひとりぼっちなんだ」


 ルリアンはわざと左手で頬杖をつき、スプーンでコーンスープを口に運ぶ。ふてぶてしい態度をとるルリアンにトーマス王太子殿下は我慢ならず強い口調で注意した。


「ルリアン、テーブルマナーは知ってるよね。何故、わざとそんなことをするんだよ」


「ナイフとフォーク? 私はお箸で食べたいの。好きなように食べたいの。みんなでわいわい笑いながら食べたいの」


「ルリアン? どうしたんだよ。お箸って、なに? 異国の食べ物か? みんなでわいわい笑いながら食べるのもマナーに反するよ。一体どうしたんだよ? ルリアンらしくない」


 ルリアンはトーマス王太子殿下の言葉に、ハッと我に返り、非常識な態度をとった自分を諌めるようにトーマス王太子殿下に詫びた。


「ごめんなさい。私どうかしてました。トーマス王太子殿下ですよね。ご無礼をお許し下さい」


「ルリアン、何かあったんだろう。急によそよそしい態度をとらないでくれよ。寂しくなるだろう」


 トーマス王太子殿下はルリアンを抱き締めた。


「ルリアンをこんな風にしたのはダリアさんだろう。ダリアさんが何を言ったか知らないが、私の気持ちは変わらないよ」


「そうじゃないの……」


「この部屋では食事のマナーは気にしなくていい。私の前ではルリアンの好きなように食べればいいんだ」


「違うの……。テーブルマナーならわかってる。そんなことじゃない。自分が何者なのかわからなくなってきたのよ」


「バカだな。ルリアンはルリアンだよ。ダリアさんとは違うんだ。身分のことを言ってるのか? 私はルリアンと同じ黒髪、ルリアンと同じ黒い瞳、それが何を意味するのかわかってるだろう」


「わからないわ。何もわからないわ。私、頭がどうかしてる。変になってる」


 トーマス王太子殿下はルリアンを抱き締めてキスをした。


「今度取り乱したら何度でもキスするよ。ルリアンは私が選んだ女性だ。誰に何を言われても堂々としていればいい」


 (そうじゃない。トーマス王太子殿下は勘違いをしている。私はトーマス王太子殿下の知ってるルリアンなんかじゃない。顔も体も確かにルリアン・トルマリンだけど。心は違うっていうか、魂だけ転移してるっていうか、何が何なのかわからない。昨日、母さんが入浴中に、義父さんにこっそり聞いたんだ。『義父さんは木谷正で日本人だよね?』って。そうしたら、義父さんは『木谷正? 日本人って何のことだ? 私はタルマン・トルマリンだよ。お前はルリアン、ナターリアと前夫の子だが、私は実の娘だと思ってるよ』と……。)


 それを聞いたルリアンは義父も一緒に転移したと思っていたのに、そうではなかったことにショックを受けた。


 そしてこの世界は現実世界ではなく、異世界なのだとはっきりと自覚した。


 ルリアンは現世で義父と事故に遭った。

 きっとそれが、転移か転生のきっかけとなったに違いない。


 現世で義父と昂幸の実父である秋山修が話していた世界だ。まるで奇想天外な創り話だと思っていた。長い年月、昏睡状態だった二人が共に悪夢を見たのだと。


 (私も……悪夢を見ているの? でもトーマス王太子殿下は昂幸そっくりで私のことを愛してくれている。想い出せ、亜子。乙女ゲームのストーリーはどうなっていたのか。ノベル式だから、選択肢だらけでプレイヤーによってストーリーは変わる。義父や秋山さんが現世に戻れたのは、義父さんがいたからだと秋山さんは話した。でもこの異世界には義父さんはいない。ということは、私は転移ではなく転生したの? 嫌だ、嫌だ、嫌だ。乙女ゲームのルリアンなんて嫌だ。私は昂幸の元に帰りたい。こんなところで取り乱して処刑されたら、二度と現世に戻れないよ。)


「ルリアン、少しは落ち着いた?」


「……はい。ごめんなさい。私を処刑しませんよね?」


「どうして私がルリアンを処刑するのだ? 私が注意したのは、国王陛下や王妃や国民に認められる女性になって欲しいからだよ。もしも反対されたら、王位継承権を放棄するだけだが、諸事情によりそうもいかなくなった。王室の危機なんだよ。私は国王陛下をお救いしたい」


「国王陛下を救う? どういう意味ですか? まさか戦争が起きるとか? な、内戦ですか!? 他国の侵略ですか!?」


「そうじゃないよ。ディナーを食べながらゆっくり説明するから」


「……はい」


 (トーマス王太子殿下はルリアンには優しい。私がルリアンでいる限り処刑されることはない。必ず生き抜いて、現世に戻れる方法を考える。)


 ルリアンは気持ちを落ち着かせ、トーマス王太子殿下と向き合った。

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