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 「トーマス王太子殿下、お客様がお部屋でお待ちです」


「わかってるよ。誰にも見られてない?」


「……それが、ダリア様とお部屋で鉢合わせされ……」


「ダリア? どうしてダリアさんが私の部屋に無断で入れるんだ」


「披露宴で国王陛下や王妃、トーマス王太子殿下とご一緒に撮影されたお写真を披露したいと仰られ、お写真を選びたいと。マリリン王妃がトーマス王太子殿下のお部屋に立ち入ることを許可されたようです」


「スポロンは知らなかったのか」


「申し訳ございません。気付いた時には入室されてまして……。ダリアさんはもうお引き取りになられました。きっとご自分は王室と親しいことを招待者にアピールしたいのでしょう」


「そうか。相変わらず自分の利益になるなら王室をも利用するのだな。スポロンあとで部屋に二人分のディナーをこっそり運んでくれないか」


「こっそりですか? こっそり運ぶのは非常に難しいかと。ルリアンさんのお母さんも調理場で働いていらっしゃいますからね」


「だからこっそりなんだよ」


「ご両親にもまだシークレットですか? 畏まりました」


 三階に上がり部屋に入ると、部屋の中はシーンと静まり返っていた。


 (ダリアと鉢合わせして、まさか……ルリアンも帰ったとか? ダリアのことだルリアンにまた嫌味のひとつでも言ったのだろう。)


 ふとベッドルームに視線を向けると、キングサイズのベッドの端に仔猫みたいに丸くなり、眠っているルリアンを見つけた。


「なんだよ、寝てるのか。ダリアさんと鉢合わせしても、ルリアンは図太いな」


 二人は遠距離恋愛だったが、もう七年間も付き合っている。ダリアに何か言われたくらいで、ルリアンの気持ちが折れることはない。


「頼もしい恋人だ」


 それが証拠に王太子のベッドで爆睡しているのだから。七年前には考えられない寝姿だ。トーマス王太子殿下はベッドにそっと上がり、ルリアンに軽くキスをする。


「私のキスで起きないのか? ルリアン、食べちゃうよ」


 パクッとルリアンの柔らかな頬に吸い付く。


「……っあ、トーマス王太子殿下!? も、申し訳ございません」


「やっと起きたのか? ベッドのマットはどう?」


「高級なベッドは寝心地いいに決まってます」


「だったら今夜は泊まれば?」


「それは遠慮します。外泊すると両親が心配しますから。社宅……じゃない、宿舎に戻ります」


「そろそろルリアンのご両親に正式にご挨拶に行かないとな」


「ご挨拶!?」


「結婚前提の交際を申し込むつもりだ」


「トーマス王太子殿下はわかってないですね。私の両親が知ったら舞い上がってみんなに吹聴しますよ。常識人ではないので。絶対にダメですからね」


「国王陛下にもルリアンのご両親にも言えないなんて、寂しいな」


「トーマス王太子殿下と長く交際していたいから、秘密を貫きます。それに……私は……」


 (亜子は『私はルリアンではなく異世界から転移した女性です』と言いそうになり、言葉をのみこむ。)


 トントンとドアがノックされ、スポロンが一人で料理を運んで来た。ベッドに寝転んでいたルリアンが飛び降りる。隣室からスポロンが二人に視線を向けて口元を緩ませる。


「これは大変失礼致しました。ディナーを配膳しても宜しいですか? メイドは秘密が守れないので私がご準備します」


「スポロンさん、私も手伝います。ディナーまですみません」


「ルリアンさんはお優しい方ですね。ですが、トーマス王太子殿下とお付き合いをされるなら、もっと堂々として下さい。メイドではないのですから、何もせず椅子に座ってディナーの準備が整うのを待っていればよいのです」


「そんなことは出来ません。私はそのような立場ではありませんから」


 スポロンは困り顔で、トーマス王太子殿下に視線を向けた。


「ルリアンの好きにさせればいい」


「畏まりました。では、宜しくお願いします」


 ルリアンは楽しそうにテーブルにコース料理を全て並べ、最後にコーンスープをお皿に注いだ。


「スポロンさんも一緒に食べませんか? 全部並べたらバイキングみたいでしょう。まだたくさん余ってますよ」


「ルリアンさん、これはバイキング料理ではではありません。前菜やスープ、メインの肉料理や魚料理、デザートまで全てテーブルに並べるとは……。順番に食するのがマナーです。先日からルリアンさんは少し様子が変ですね」


「そうかしら? 我が家はみんなで食べるから。大皿料理をみんなで取り分けて食べるのは楽しいですよ」


「ルリアンさん、それはテーブルマナーに反します。トーマス王太子殿下とお付き合いされるなら、マナーを遵守して下さらないと。これでは国王陛下や王妃に認めてはもらえません。秘書となり王室のしきたりも覚えていただきます」


「王室って大変なんですね。私には窮屈な世界。一生無理です」


 ルリアンのわざとらしい態度に、トーマス王太子殿下も異変を感じていた。


「ルリアン、もしかしてダリアさんに何か言われたのか?」


「別に……」


 スポロンはやっと状況を把握し、二人に頭を垂れる。


「トーマス王太子殿下、ルリアンさん、ごゆっくりお召し上がり下さい。私は廊下で待っております。ディナーが終わられたらベルを鳴らして下さい」


「スポロンご苦労であった。もう下がっていい」


「はい、失礼致します」


 スポロンが部屋から出ると、ルリアンがトーマス王太子殿下に視線を向けた。


「スポロンさんも一緒に食べればいいのに。こんなにたくさん食べられないよ」


「ルリアン、執事にはルールがあるんだ」


「くだらないルールね。私、金融機関を退職させられたのよ。トーマス王太子殿下の第二秘書ってなに? 私の人生をトーマス王太子殿下が勝手に左右するの? 王室って何でもアリなのね。苦労して採用してもらったのに」


「ルリアン、どうしたんだよ。私の傍にいられるのに不満なのか?」

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