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 ――翌日、トーマス王太子殿下は国王陛下に呼ばれた。トーマス王太子殿下はすでにアニーから聞かされていた件だと推測がついた。


 国王陛下と王妃の私的な応接室。王妃は公務に出向き不在だった。国王陛下は執事や秘書を部屋から出るように命じ、トーマス王太子殿下と二人だけになった。


 いつも穏やかな国王陛下の緊迫した様子に、トーマス王太子殿下もただならぬ雰囲気を感じていた。


「国王陛下、お呼びでしょうか」


「トーマス、秘書のアントワネットからすでに聞いていると思うが、ドミニク殿下が王室に戻られることになった。私の従兄であるアラン殿下の王子達も一緒だ」


 お祖父様であるトムカ前国王陛下とドミニク殿下は兄弟ながら不仲で国王陛下の座を奪い合ったほどだった。だが嫡男であったトムカ王太子殿下が国王陛下となりトム王子とカムリ王子が誕生し、ドミニク殿下は自分は王位継承者にはなれないと判断し王室を去り公爵家となった。


 だがカムリ王子がオレンジ王国の女王と結婚し、パープル王国の王位継承権を放棄し、トム王太子殿下にはトーマス王子しか授からず、しかもトーマス王子はシルバーの髪色ではなく黒髪の王子だった。


 それでもトムカ前国王陛下がご逝去されたあと、新国王陛下になったのはトム王太子殿下だった。万が一、トム国王陛下がご逝去すれば、パープル王国に黒髪の新国王陛下が誕生することにドミニク殿下一族は納得がいかなかったようだ。


「前国王陛下はまさかカムリ王子がオレンジ王国の王女と結婚し、パープル王国の王位継承権を放棄するとは思わなかったのだろう。この私がたくさんの子を授かれば、王位継承者も増え懸念されることもなかっただろうに、私にはトーマスしか授かることはできなかった。即ち、私が逝去すれば、パープル王国の王位継承者はトーマスしかいない。トーマスが早く結婚してたくさんの子宝に恵まれれば何の問題もないと私は考えていたが、ドミニク殿下は納得がいかなかったのだろう。パープル王国の国王陛下になれなかったことで自ら王室を去ったのに、前国王陛下に王室から追いやられたと逆恨みをしていたようだ」


「ドミニク殿下が王室に逆恨みを?」


「嫡男のアラン殿下の夫人が昨年亡くなり、三人の王子ともども王室に戻りたいと申し出た。私は王家の血を引く者達を拒絶することはパープル王国のためにはならないと思い、許可をしたがアラン殿下は三人の王子達に王位継承者としての権利を要求してきた。そうすれぱ公務に励むことも可能だと」


「ドミニク殿下の一族に任せておけば、パープル王国の行く末は安泰なのでは? 私には王位継承者を主張する権利はありません。きっと私の容姿を見て、ドミニク殿下も何か勘づかれたのでしょう。それともすでに調べられているのかも」


「トーマス、何度も申すが、そなたは私の息子だ。王位継承権は議会で認められている。ドミニク殿下もアラン殿下も欲に目がくらみ、公爵の名をもとに元王族であるという権力を振りかざし、強引なやり方で領地を広げ、海外との貿易をも独占してきた。そのため収賄疑惑も浮上している。今、水面下で調査中だ。クリーンでない人物が我が国の国王陛下の地位に上り詰めると、このパープル王国を崩壊させかねない」


「不祥事ですか……」


「トーマス、私はパープル王国の国民のためにも王室の繁栄に力を惜しまないつもりだが、アラン殿下のやり方には正直不安を感じている。トーマス、私を助けてはくれないか。トーマス・ブラックオパールではなく、トーマス・クリスタルとして」


「国王陛下、私はもう子供ではありません。真実を知っているのです。このことをドミニク殿下やアラン殿下が知っているのだとしたら、王室に戻られた理由も理解できます。王家の血筋を守るためには私よりもトータス王子をご養子に迎えられてはいかがですか?」


「バカなことを申すでない。トーマスはこの国の王太子なのだ。王位継承者はトーマスただ一人だと決めている。ドミニク殿下がトータス王子を操り、この国を牛耳ることになれば、パープル王国は崩壊するのだ」


「国王陛下……」


 国王陛下がトーマス王太子殿下に深々と頭を下げた。トーマス王太子殿下は王位継承者にはならないと決めて、他国に留学し学業にも励んだ。パープル王国に帰国したのは、そのことを国王陛下に伝えるためだった。


 トーマス王太子殿下はトム国王陛下の子息として育てられたが、本当はサファイア公爵令嬢だった母メイサと、サファイア公爵家の元執事だったレイモンド・ブラックオパールの子なのだ。


 真の両親は今はサファイア公爵家に戻り、高齢となった祖父母の代わりに領主として民のために尽力している。実弟のユートピアはジュニアハイスクールに通いながら、すでにサファイア公爵家の後継者として認知され、祖父母にも溺愛されている。ユートピアも自分の境遇をすんなりと受け入れ、不平や不満は一切言わない。


 トーマス王太子殿下がジュニアハイスクールの時は不満だらけだった。実の両親もトム国王陛下や義母のマリリン王妃をも困らせた。


 だが、宿命には逆らえないのだと、実母を見て学んだ。自分は王室から身を引きルリアンと一国民として生活した方が良いのではないかと思うようになった。


「国王陛下、この私に頭を下げないで下さい。トータス王子から私には何の挨拶もございません。アラン殿下もまさか国王陛下の立場を揺らがすような不祥事は起こさないでしょう」


「トータス王子は長期に渡る海外生活ゆえ、トーマスの顔も知らないのだろう」


「そうですよね。少し考えさせて下さい。すぐに結論なんて出せません。ただ国王陛下や国民の力にはなりたいと思っています」


「トーマス、頼りにしているよ。トーマスが傍にいてくれるだけで、私は心強いのだ。歳をとったせいか、パープル王国の行く末を考えると不安でね。重圧に押し潰されそうになる。私らしくないとマリリン王妃に叱られているよ」


 マリリン王妃なら、自分の立場が何よりも大事だ。ドミニク殿下に指図されたくはないのだろう。


 ドアがノックされ、国王陛下の執事テキーラ・ヨークシャーが室内に入る。


「国王陛下、本日は午後六時より国営銀行のパーティーにご招待されています」


「もうそんな時間か。わかったすぐに行く。トーマス、また一緒に酒でも飲もう」


「はい」


 トーマス王太子殿下は王宮の玄関で国王陛下を見送る。スポロンがトーマス王太子殿下に目で合図をした。

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