◇◇


 ベッドで目覚めたトーマス王太子殿下は、ベッドからルリアンが消えてしまったことに寂しさを感じていた。シーツからルリアンのぬくもりはすっかり失われていたからだ。


 (私に一言の挨拶もなく使用人宿舎に戻るなんて、ルリアンらしいけど。ルリアンはいつまで私との関係を秘密にするつもりなんだろう。スポロンはルリアンに秘書の話をしてくれたのかな?)


 ルリアンのことを考えていると、ドアがノックされた。


「どうぞ」


「トーマス王太子殿下、お客様がリビングでお待ちです」


「私に客ですか?」


 ベテランの第一秘書、アニー・アントワネットに呼ばれ、トーマス王太子殿下はリビングに向かった。アニーはカレッジスクール卒のベテランの王族秘書だが、気位が強く上から目線のため、トーマス王太子殿下担当のメイド、ルル・アクアマロンや他のメイドからは敬遠されている。


 トーマス王太子殿下は帰国してすぐに、このギクシャクした雰囲気をなんとかしたくて、スポロンにルリアンを第二秘書に任命することを指示した。


 ルリアンはパープル王国の金融機関で仕事をしていたが、王室の仕事に従事することを理由に、スポロンが退職させた。


 第一秘書のアニーは才色兼備。ダリアに見劣りしないくらい美しく仕事も礼儀作法も完璧だ。語学も堪能で他国の来賓客は公爵令嬢だと勘違いするほどだ。


 アニーが応接室のドアを開けると、そこにはマティーニ公爵のご子息、ジョニー・マティーニがいた。ジョニーはシルバーの髪色、瞳も海のように碧く澄んでいる。


 トーマス王太子殿下よりも六歳年上で、すでにマティーニ公爵家の後継者としての貫禄すら感じる。


「これはトーマス王太子殿下ご無沙汰しております。留学先より帰国されたと聞き、急ぎご挨拶に伺いました。まだ王子だった時に、パーティーで何度かお見掛けしましたが、たいそうご立派になられて。ご帰国され国王陛下も王妃もさぞお喜びでしょう」


「ありがとうございます。マティーニ公爵家のジョニーさんがわざわざ私に何用で?」


「実はこの度、ピンクダイヤモンド公爵家のダリアさんと婚約が整い九月に挙式披露宴を行うことになりました。是非王族の方にご出席いただきたくご挨拶に伺いました」


「ダリアさんとご結婚ですか? いつの間にそのようなことに。長く留学しておりましたので存じませんでした。おめでとうございます」


 応接室のドアが開き、ダリアが姿を表す。まるでウェディングドレスのような純白なドレスに身を包んでいる。七年前はまだハイスクールの制服姿だったダリアが美しい女性に変貌していることに、トーマス王太子殿下は驚いている。


「トーマス王太子殿下ごきげんよう。お逢いするのは何年振りかしら」


「ダリアさん、ご婚約おめでとうございます」


「ありがとうございます。この結婚を期にマティーニ公爵家とピンクダイヤモンド公爵家がひとつに結びつけば、パープル王国で最も巨大な地位となり、他の公爵家よりも王室のお役に立てることでしょう。本日は国王陛下や王妃に結婚のご報告も兼ねて参りました。国王陛下や王妃をご招待することは難しいと思われますが、王室のどなたかの参列をお願い申し上げましたら、王妃はトーマス王太子殿下の参列を認めて下さいました」


「ダリアさん、その話はまだ確定ではありません。トーマス王太子殿下は帰国されたばかり、青年王族としてこれからご公務も忙しくなられるでしょう。公爵家の挙式披露宴に将来の国王陛下をご招待するなんておこがましいので、親族の方に来賓として参列して欲しいとお願いした次第です」


「ジョニーさん、そうでしたね。時期尚早でした。でもトーマス王太子殿下が王位継承されるかどうかわかりませんよ。王族は血筋を最も重視されます。トーマス王太子殿下のお妃選びは王妃も悩まれているご様子で、どちらの公爵令嬢とご成婚されるかで、パープル王国の品格と信頼が国民にも問われますから」


 ダリアは意味深な言葉をトーマス王太子殿下に投げ掛けた。マリリン王妃のお気に入りでもあり、トーマス王太子殿下と婚約話もあったダリアが、自身の挙式披露宴にトーマス王太子殿下を招待するとは、相変わらず肝が据わっている。


「トーマス王太子殿下、是非、私達の挙式披露宴には参列して下さいませね。では失礼致します」


 ダリアはジョニーと一緒に退室する。二人が退室したあと、アニーがトーマス王太子殿下に歩み寄る。


「アントワネット、どうした」


「トーマス王太子殿下、実はお祖父様のトムカ前国王陛下の弟君のドミニク・クリスタル殿下のお孫様であられるトータス・クリスタル王子が留学先からご帰国されました。事実上、王位継承者として名乗りを上げたも同然でございます」


「トータス殿下が王位継承者に名乗りを? ドミニク殿下も嫡男のアラン殿下もこの王室から去り公爵家となったはずだが、王族として復帰したのか? 国王陛下や議会は了承されたのか?」


「国王陛下は『王族の減少に歯止めをかけるために、王族の血を引く公爵家を王室に戻すことを承認する。ただしトーマス王太子殿下が王位継承第一位であることに代わりはない』と断言されました。ドミニク・クリスタル殿下とご嫡男アラン殿下は王位継承権を放棄されましたが、アラン殿下のご嫡男トータス王子を王位継承第二位に指名するようにと、国王陛下に直談判されたそうです。国王陛下もご子息はトーマス王太子殿下ただお一人のため、パープル王国の王位存続のために苦渋の決断を下されました」


 (トータス王子は王族の血を引く者。誰が考えても私よりも王位継承者に相応しい。)


「アントワネット、知らせてくれてありがとう」


「はい。国王陛下よりいずれお話があるかと思います」


「わかった。ありがとう。ダリアさんの言った意味が理解できたよ」


 (私の出生の秘密もだが、私の結婚相手で王位継承者が決まるということか。)

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