【11】愛する人のもとへ
83
―二千四十一年十月―
都立病院の集中治療室。
ゆるやかな波形を描いていた心電図が、突然激しく乱れ、昏睡状態だった患者二人が、まるでゾンビのように急に大声を上げて起き上がった。
「きゃあああああ!!」
その異様な姿に、担当看護師は腰を抜かさんばかりに悲鳴を上げた。
「先生! 先生! 木谷さんも滝川さんも同時に意識を取り戻されました!」
看護師は怯えたように床にへたりこみ、ナースコールを鳴らす。ドタドタと足音がして、医師と看護師が集中治療室になだれ込んだ。
「木谷さん滝川さん、話せますか? 話せないですよね? 頷くだけで構いません。どこか痛むところは? 体に異常はありませんか? ずっと昏睡状態だったので運動機能の低下や脳の機能低下もあるはずです。ベッドで起き上がれるなんて極めて稀な症例です。木谷さんはもう3度目だそうですね。今回は短期間でしたが念のため詳しい精密検査をさせて下さい!」
「先生、ここは日本ですよね? 亜子! 亜子! よかった! 亜子!」
「……義父さん、よかった。私達、顔面から岩にぶつかったのよ。顔は大丈夫!?」
「大丈夫、亜子は綺麗だよ! 顔には傷ひとつない。本当によかった!」
医師も看護師も昏睡状態だった二人が突然起き上がり、会話をしていることに目を見開いている。
「しゃ、喋れるんですか? 『ここは日本』とは?」
「いえ、こちらの話です。ほら、体もこんなに動かせますから、私達はもう大丈夫ですよ」
木谷は両腕をぐるぐる回し、両足もバタバタ動かしてみせた。亜子もそれを真似て、二人で同じ動作をした。
「先生、私は交通事故に遭ったあと昏睡状態になったんですよね? 妻は見舞いに来てませんか?」
「奥さんは今休憩室に……。必ず二人とも近日中に目を覚ますからと毎日見舞いに来られていました。今、看護師が呼びに行ってます。もしかして奥さんは占い師か何かですか?」
医師から、亜也子が『占い師か』と聞かれ、木谷と亜子は思わず吹き出す。
廊下からドタドタと走る音がして、亜也子が集中治療室に駆け込んだ。
「父さん! 亜子! よかった。父さん、成功したのね!」
「母さん! 逢いたかったよ。亜子だ、亜子もほら、無事だよ」
「すぐに中西さんに連絡しないと。戻れたのは中西さんや旦那さんのおかげよ。先生、主人も娘も異常なんてありません。退院してもいいですよね?」
「奥さんは『必ず夫は目覚めるので脳死判定はお断りします』と断言されましたが、でもまさか本当に目覚められ、こんなにピンピンされてるとは、異常ですよ。これは異常です。精密検査してからでないと、退院は許可できません」
「あはははっ、ですよねえ。こんなに元気なのに。先生も野暮ですねえ」
「野暮とか、そういう問題ではありません。直ぐに全身のMRI検査や精密検査をして、『全て異常なし』なら退院を許可します」
「わかりました。先生、ちゃっちゃとして下さい。なあ亜子」
「そうね、義父さん」
木谷も亜子も満面の笑みで頷いた。
◇
桃華学園理事長の中西美梨は、木谷の妻から連絡を受け、『二人が目覚めた』と聞いて夫の中西修と直ぐに病院を訪れた。医師からの説明で木谷親子は『全て異常なし』との結果を聞き、不安が喜びの笑顔に変わった。
修は木谷が九月に単独事故を起こす前に手紙を渡されていて、それを読み、事故後に美梨と一緒にある行動を起こしていた。
◇
一ヶ月前、九月中旬。
『秋山さん、いや、もう今は美梨さんの御実家に婿入りされたため、中西さんですね。私は義理の娘の亜子をタクシーに乗せていた時に、タクシーの自動操縦の不具合で事故を起こし、大切な娘が昏睡状態に陥りました。何故私だけ生きているのだろうと、自責の念に駆られましたが、中西さんから『もしかしたら、私達と同じかもしれません。娘さんはきっと異世界に転移したのです』と言われ、妻と半信半疑で乙女ゲームのアプリを開きました。そこには亜子そっくりのルリアンという使用人の娘がいて、亜子は中西さんの仰る通り、
修は美梨と相談し、一緒に転移することも考えたが、木谷はたった一人で事故を起こした。修と美梨は直ぐさま乙女ゲームのアプリを開き、木谷がタルマン・トルマリンとして転移したことを悟った。ゲームの中でタルマンが得意げに日本の諺ばかり語っていたからだ。
「美梨、何とかして二人をこの世界に戻さなければ。こんなことはもう終わりにしなければいけない。でも一体どうすれば終われるんだ……」
「修、美波さんに逢って話をしましょう」
「えっ? 美波に?」
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