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「このゲームの原作者は美波さんよ。木谷さんが、美波さんが持っている赤い薔薇の描かれた万年筆はお母様の遺品だと言われていたでしょう。きっとその万年筆が何か関係しているのよ。それにこのストーリーは私達の現状を詳細に調べて書いているに違いない。それにまだこのゲームは完成していない。美波さんが何を考えているのかわからないけど、直接逢って最終話の原作をバッドエンドにならないように書き換えてもらいましょう」


「あの美波がそんなことをするとは信じられないよ」


「修、なに弱腰になってるの? 昂幸は三田家に戻ったわ。この乙女ゲームとそっくりじゃない。昂幸は亜子さんと交際していた。その亜子さんが昏睡状態になってる。美波さんは転移の事実を知らないのだろうけど、このゲームは明らかに私達の生活を脅かしている。私達は逢わなければいけないのよ。木谷さんや亜子さん、そして昂幸のために」


「昂幸のために……。そうだな。木谷さんも亜子さんも早く現世に戻してあげないと。もしかしたら……本当にあの万年筆が関係しているのかも。木谷さんのお母さんの万年筆を美波から取り戻そう」


 亜子が昏睡状態に陥り約一ヶ月後に木谷が単独事故を起こし、二人とも集中治療室に入院したが、亜也子は修や美梨の前では気丈に振る舞い、昼間は三田家の調理場で働き、夕方から毎日病院に付き添った。


 修が何度か美波にアポイントメントを取ろうとしたが、三田ホールディングスの三田銀行取締役頭取の妻であり、乙女ゲームの人気原作者という立場を貫いている美波との面会はなかなかかなわず、美梨は痺れを切らし直接三田正史に連絡をした。


『美梨さん、久しぶりですね。今は桃華学園理事長に就任され、もう秋山さんではなく中西美梨さんとお呼びした方がいいのかな』


「正史さん、お久しぶりです。正史さんこそ、今は三田銀行取締役頭取、昂幸はちゃんと三田銀行で戦力になってますか? 昂幸は秋山から三田姓に変わり、周囲の目も変わったのでは?」


『昂幸は私の息子だということを隠してずっと働くつもりだったらしいが、美梨さんが中西家に戻り秋山さんも婿養子になられたのを機に、昂幸は三田姓に戻ってくれたよ。美梨さんには感謝している。すでに新聞やニュースで報道されている通り、叔父の家族が収賄容疑で逮捕された。叔父は責任を取って三田証券取締役社長は退任した。三田銀行に就職していた三田義幸も辞職した。これから三田ホールディングスも信用回復に努める所存だ。昂幸には『中西姓になってもいいんだよ』と話したが、『こんな時だからこそ、三田ホールディングスの力になりたい』と言ってくれたんだ。頼もしい息子だよ。本日は昂幸の戸籍のことか?』


「いえ、それは昂幸が決めたことです。でも、昂幸にも関係のあることです。正史さんにお願いがあります。奥様の美波さんと逢わせて欲しいのです」


『美波と? それは菊川ホールディングスの菊川比沙乃さんと昂幸の婚約のことかな?』


「昂幸が婚約ですって? 昂幸には恋人がいます。婚約なんてお断りします。三田ホールディングスが窮地だからって、政略結婚で昂幸を利用しないで」


 三田正史は美梨の剣幕に笑い出した。


「笑い事じゃないわ」


『ごめん。美梨さんは変わらないなと思ってね。昂幸にも断られたよ。叔父の事件があっても三田ホールディングスは揺らがない。私がいる限り、政略結婚は不要だ。それなのに美波は色々心配してね。婚約は美波が勧めていたことなんだ。相手のお嬢さんは素晴らしい女性だが、私は昂幸の結婚相手に身分は関係ないと思っているから、昂幸の気持ちを尊重するつもりだ。昂幸の婚約の件でもないなら、美波に何の用かな?』


「それは……とても大切な話なんです。昂幸の恋人やその父親に関することよ」


『昂幸の恋人……。わかったよ。美梨さんがわざわざ私に電話をしてくるなんてよほどのことだ。私から美波に美梨さんと逢うように話す。申し訳ないが、明日の午前中にでも三田家に来てくれるかな? 私や昂幸は仕事で留守にしているが、美波は明日は家にいるはずだ。ゲーム会社の編集者と午後から打ち合わせがあると言っていたから、その前に逢うといい』


「正史さん、ありがとうございます。昂幸のこと、宜しくお願いします」


『もちろんだよ。昂幸は私の息子だから。中西修さんには申し訳ないが、三田ホールディングスの後継者として立派に育てるつもりだ。美梨さんも幸せそうでとても嬉しく思っている』


「ありがとうございます。お忙しい中ありがとうございました。では失礼します」


 美梨は三田正史との電話を切り、修に明日の午前中に美波との面会が可能になったことを伝えた。


 今まで起きていたことを全て伝えて、美波からも赤い薔薇の描かれた万年筆をどこで手に入れたのか、そしてそれが木谷正子の遺品かどうか、ハッキリさせるつもりだった。

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