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 ―翌日、三田邸―


 美梨は三田正史との結婚生活をこの邸宅で数年過ごし昂幸を出産した。三田正史と離婚後は美梨からは二度とここを訪れることはないだろうと思っていた。


 何故なら、三田正史は再婚し、昂幸との月に一度の面会は、美梨のマンションに車で送迎していたからだ。美梨は再婚相手の名前も知らず、一度車で見かけたが、帽子を目深に被っていて口元しか見えなかった。


 まさか、三田正史の再婚相手が修の元恋人だとは思いもよらなかった。それは修も同様だった。


 真実を知ったのは、修や木谷が事故で昏睡状態となり、目覚めたあと、美梨や修のおかれた状況とそっくりな乙女ゲームを偶然見つけたことだった。


 修や木谷も『異世界に転移していた』と話した。さすがの美梨もそれは昏睡状態に見た夢だと信じなかったが、二度目の事故でそれは現実味を増した。なぜなら、またしても美梨のおかれた状況とゲームの登場人物やストーリーが似通っていたからだ。


 その乙女ゲームはノベル式でプレイヤーの選択により結末は変わる。美梨は二度そのゲームで修を現世に取り戻したが、今回ばかりは修や美梨ではなく、木谷正や滝川亜子が転移していると知り、怒りしかなかった。


 美波は修を奪った美梨を憎み、怨みや嫉妬からこのような原作を書いたと思っていたのに、全く無関係な二人を巻き込んだからだ。


 ◇


 三田邸のインターホンを鳴らすと家政婦が対応した。『中西です。奥様と面会の約束をしています』と伝えると、門は自動で開いた。玄関が開き、中年の家政婦が修と美梨を出迎えた。


 その家政婦は古くから三田家に仕える者で、美梨のこともよく覚えていた。


「奥様……。ご無沙汰しております。お元気そうで嬉しく思います」


「ありがとう。あなたもお元気そうでなによりです。今は昂幸がお世話になってます。でももう私は三田家の奥様ではありません。中西美梨です。こちらは主人の中西修です。三田美波さんはご在宅ですか?」


「はい。奥様は応接室でお待ちです」


「そう。これはつまらないものですが、こちらは三田様に。こちらは職員の皆さんで召し上がって下さい」


「奥様、いえ、中西様。私達にもお気遣いありがとうございます。応接室にご案内致します」

 

 美梨は家政婦に案内されなくてもこの邸宅の間取りはわかっていたが、でしゃばるわけにもいかず、家政婦のあとに続いた。


 応接室のドアをノックしドアを開く。そこは美波の仕事場も兼ねているのか、現在は書斎兼応接室になっていた。


「奥様、中西ご夫妻がお見えです。中西ご夫妻よりご主人様や職員にお土産を頂きました。あとでお持ちします」


「中西ご夫妻?」


 美波は応接室のドアに視線を向けた。そこに美梨だけではなく修まで訪れていたことに驚きを隠せない。


「……修。あなた中西家に婿養子になったの?」


「三田美波さん、本日はお忙しい中、時間を取って下さりありがとうございます。主人は私の実家である桃華学園の副理事長をしています」


「そうですか。king不動産はもう退職したのね。昂幸さんが三田姓になられたのは、私を母だと認めてくれたのだと思っていましたが、そういう事情があったからなのね。桃華学園といえば学校経営だけではなく、今では手広く事業もされ、業界ではトップクラスですもの。奥様は名門私立桃華学園の理事長、のちは会長になられる方、修が婿養子だなんて驚いたけど、私達の選択は誤りではなかったのね」


「私達の選択? 美波、それはどういう意味だ。俺は打算で美梨と結婚したわけじゃない」


 修は美波の言葉に憤慨した。


「やだわ。お二人ともお座りになって下さい。昔の話はもう蒸し返すつもりはありません。私は忙しいのよ。大切な話とは何ですか?」


 修と美梨はソファーに座り、美波と向き合った。家政婦が珈琲と老舗のバームクーヘンをテーブルに置き部屋を出て行く。


「それでは本題に入らせていただきます。美波さんは乙女ゲームの原作者ですよね」


「それがどうかしたの? あなた達に関係ないでしょう」


「転移や転生するような原作も数多く書かれていますよね。美波さんは転移や転生を信じますか?」


「バカバカしい。信じるわけないでしょう。あれは架空のストーリーよ」


「私も信じていなかったけど、今はAIロボットが車の自動操縦や家事をする時代です。転移や転生があったとしても不思議はないわ。現に主人は何度もあなたが書いたゲームの世界に転移しています。主人は運良くこの世界に戻ることはできましたが、美波さんは昂幸の恋人とその父親が現在も昏睡状態だと知っていますか」


「昂幸さんの恋人ですって? 昂幸さんには菊川比沙乃さんという婚約者がいらっしゃいます」


「だから、亜子さんを異世界に転移させたの? 昂幸の恋人だから? 乙女ゲームだから、三人の王子や美男子の執事とくっつけるつもりだったのですか?」


「やだわ、美梨さん、正気ですか? 私は魔術師ではありません。ゲームの原作者です。そんな力があるはずないでしょう。それは偶然重なった不幸な事故に過ぎないわ。それに本日修正案の原稿を編集者に渡したら、あの乙女ゲームも終了よ」

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