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「はい。警視総監はちょっとした知り合いなので。マリリン王妃が王宮に防犯カメラやトーマス王太子の部屋に盗聴器を仕掛けたのは、女性関係を探るためではなく、トーマス王太子殿下のお命をドミニク殿下一族から御守りするためだったのでしょう。血の繋がりははなくとも、マリリン王妃にとってトーマス王太子殿下は実の御子様も同然ですから。深い愛情ゆえに、厳しい言葉を発せられましたこと、ローザにはわかっておりましたよ」


「……ローザ、私はメイサ妃のお付きのメイドでありながら、メイサ妃を裏切り……」


 ローザはマリリン王妃にとても冷静に対応した。


「そうでしたね。メイサ妃やトーマス王太子殿下に随分酷いことをされましたね。でももう十分悔いておられるようですし、もう何も申されなくとも、国王陛下は全てご存知でお許しになっております。それでは御両家の会食をお楽しみ下さいませ。トルマリン夫妻もリラックス、リラックス」


 ローザはメイドに目で合図をした。メイドはフルコースの料理を順番にテーブルに並べていく。ワインはレッドローズ王国のワインだった。


「本当は……ずっと心苦しかった。私はレッドローズ王国のワインが好きです」


 瞳を潤ませるマリリン王妃に、国王陛下が白いハンカチを差し出した。トーマス王太子殿下はその様子を見つめながら、今までマリリン王妃に抱いていた憎しみや嫌悪感が薄れた気がした。


 動機は不純だったにしろ、今、国王陛下が愛しているのはマリリン王妃なのだと、国王陛下の優しい眼差しを見て伝わってきたからだ。


 トーマス王太子殿下は目の前に座るルリアンに視線を向けた。ルリアンも優しい眼差しでトーマス王太子殿下を見つめた。


「トルマリン御夫妻、ルリアンさん、みっともないところをお見せして申し訳ありませんでした。トーマス王太子がまだ十六歳の時に、私と王妃が勝手にピンクダイヤモンド公爵令嬢との婚約を整えたことがありまして、その時のことをふと懐かしく思いだしました。トーマス王太子は婚約を破談にするために、日曜日だけメイドを勤めていたルリアンさんをこの応接室に連れて来たことがありましてね」


「トーマス王太子が娘をですか?」


「はい。私とマリリン王妃に公爵令嬢との婚約破棄を要求するために、トーマス王太子はこう申しました。『それはお父様とお義母様がお決めになったこと。私はルリアンと真剣交際を致します。それが叶わないなら生涯結婚は致しません』と、その時は直ぐに嘘だとわかりましたが、まさかそれが本当になるとは」


「トーマス王太子が十六歳でそんなことを。

そう言えば、私が王宮に鶏を届けた時に、『トルマリンさんに報告があります。私は娘さんのルリアンさんと真剣交際をすることにしました。国王陛下もマリリン王妃も承知しています。報告が遅くなり申し訳ありませんでした』と言われたことがあり、まだ十六歳と十七歳でしたから、からかわれているのだと思いました。『嘘から出たまこと』とはこのことですな。あはははっ」


 ルリアンはこの国にはない諺を言って、自らバカ笑いしているタルマンを注意する。


「ちょ、ちょっと義父さん、やめてよ。国王陛下申し訳ありません。義父は緊張しておりまして……」


「トルマリンさん、『嘘から出たまこと』とはどういう意味ですか?」


「国王陛下でもご存知ないとは? これは私の国の諺でございます。意味は『初めはうそのつもりで言ったことが、偶然、事実になること』でございます。『雨降って地固まる』とか『猫に小判』とか『豚に真珠』とか色々ありますけどね。あはははっ」


(義父さんのバカバカ、何言ってるのよ。あれほど練習したのに。意味ないしょう。)


「ホワイト王国には面白い『諺』というものがあるのですね」


 国王陛下はホワイト王国の諺だと思っている。和やかな雰囲気の中、トーマス王太子殿下は国王陛下にこう宣言した。


「国王陛下、あれは嘘から出たまことではありません。私は初めて逢った時から、生涯の伴侶となるべき妃はルリアンしか考えられませんでした」


 (えーっ!? それ、マジで言ってるの? かなり恥ずかしいんだけど。)


 国王陛下はその言葉に、楽しそうに笑みを浮かべた。


「そうか、てっきり婚約破棄するための口実だと思っていたよ。まさかあれからずっと交際が続いていたとは。これこそが純愛なのだな」


「トーマス王太子殿下とルリアンが純愛……」


 ナターリアはそれを聞き、一瞬意識を飛ばしそうになったが、気丈にも持ちこたえている。


 そのあとの会食はワインがすすむほど、タルマンの独壇場だった。諺の連発にその解説。現世なら物知りでも何でもないのに、得意顔で壊れたCDみたいに何度も繰り返す。


 それでも国王陛下は嫌な顔ひとつせず、頷きながらタルマンの話を聞いてくれた。


 ルリアンにはそうまでするタルマンの気持ちが痛いほどわかっていた。タルマンは必死なのだ。ルリアンの願いを義父として叶えるために必死なのだと。


 この会食で婚約が整い、御成婚の日取りが決まり、国内外に公表されたら、タルマン《キダニ》はルリアン《亜子》を連れて現世に戻るつもりなのだ。


 だからこの会食は、最初で最後の一世一代の大勝負だった。 


 国王陛下やマリリン王妃、トーマス王太子。トルマリン夫妻とルリアンの会食はとても和やかに終わった。


 婚約の儀も御成婚の日取りも、王室と議会で話し合い正式に国内外に公表する運びとなった。

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