【10】ルリアンだけを愛すと神に誓うよ

75

 国王陛下との会食を無事に終えたトルマリン夫妻は、第二会議室で衣装を着替え私服に戻る。ルリアンは秘書の制服のままなので着替える必要もなく、ナターリアのドレスやハイヒールをメイドに託した。


「ガラスの靴の童話が好きだったルリアンが、まさか本当に王子様に見初められてお姫様になるなんて、ナターリア、人生も悪くないものだな」


「そうね、タルマン。娘がルリアン妃になちゃうなんて。午前零時で魔法が解けてしまうかも……。全部夢だったらどうしましょう。ショックで寝込むかも」


 二人の話を聞きながら、もしもルリアン《亜子》とタルマン《キダニ》が事故を起こして現世に戻ってしまったら、と思うとルリアンはナターリアのことが心配になった。


「義父さんも母さんもいい加減にして。私は私、トーマス王太子殿下と結婚しても何も変わらないわ。母さんはどこにいてもずっと私の母さんよ」


「やだ。ルリアンったら。正式な婚約発表もまだなのに、まるでもう母さんの前から消えて、お嫁に行くみたいね」


「……母さん、そんなことないよ」


 いつか来るであろう別れは、ルリアンが本当のルリアンに戻る時。決して死別するわけではないのに、一抹の寂しさを感じる。


 その時、トントンとドアがノックされ、ローザが入室した。


「トルマリン御夫妻、ルリアン様、本日はお疲れ様でした。ドミニク殿下一族が同席されていた時は、どうしたものかと思いましたが、タルマンさんの『雨降って地固まる』でしたっけ、マリリン王妃のこともハッキリし、国王陛下との絆もより一層深まったようで、ドミニク殿下一族の罪も暴かれ今頃は王立警察署で取り調べを受けていることでしょう。王室の不祥事によりお騒がせしましたが、会食も無事に終わり私も安堵致しました。先ほど、レッドローズ王国より速達が届きまして、これはタルマンさんに頼まれていたものです」


 ローザは一通の封書をタルマンに渡した。それはタルマンがローザに頼んでいた『メトロ・ダイヤモンド公爵夫人』に関するものだということは一目でわかったが、ナターリアの前ですぐに開封することはしなかった。


「タルマン、それは何ですか?」


「ナターリア、これか? ほら、先日レッドローズ王国にトーマス王太子殿下やルリアンと訪問しただろう。その時のアレだ。メイサ妃からのお手紙や記念写真だよ。メイサ妃は使用人にも親切な方だからね」


「そうですか。あの……ローザさん。私は明日からも調理場で働けますか?」


「そうですねえ、国王陛下や王妃と会食をしトーマス王太子殿下とルリアン様の婚約が整う運びとなったため、まだ公表前ですが、トルマリン御夫妻には使用人宿舎より引っ越していただく運びとなりました」


「えっ……。引っ越し!? ク、クビですか。まさか宿無し無職になってしまうとは……」


「そうではありません。婚約発表をすると、マスコミや世間があれこれ申す者も出て参ります。国王陛下のご指示により、トルマリン御夫妻にはパープル王国の王都に、御生母様や御義父様に相応しい御邸宅を御用意することとなりました。ルリアン様も秘書は退職し、そちらにお引っ越ししていただきます。本来ならば、私がその御邸宅で秘書を出来ればよいのですが、ルリアンさんの秘書にはルル・アクアマロンを任命致しました。ルリアン様には婚約発表が終わり次第、王宮にてお妃教育を受けていただきます。御夫妻の御邸宅にはメイドや執事も王宮から数名手配致します」


「あの……。私と主人の仕事は……?」


「王室よりトーマス王太子殿下が所有している土地建物を贈与致しますので、そちらを結納としてお納め下さい。それらの賃料で働かなくとも御夫妻二人の生活は賄えると思いますよ」


「ま、まるで伯爵様や公爵様のような暮らしではありませんか」


「爵位はございませんが、大切なお嬢様を王宮にお迎えするのです。全て国王陛下のお心遣いでございます。有難くお受けするのが宜しいかと」


「わかりました。ナターリア、ルリアン、そうしよう。その方がナターリアもルリアンも幸せになれる」


 タルマンはもう現世に戻ることを前提としている。ルリアンにはそれがすぐに伝わった。


「そうね……。義父さん、有難くお受けしましょう。ローザさん、引っ越しはいつですか?」


「深夜にでも。貴重品のみご持参下さい。生活に必要な物は全て新居に揃えておりますので、何も持ち出す必要ありません」


「深夜ですか!? まるで夜逃げでございますね」


「申し訳ありません。他の使用人が情報を外部に漏らしてはいけないゆえ、これも公表までは極秘裏に行いたいと思います」


「調理場の皆さんにお別れも言えないのですね。あんなにお世話になったのに」


「ナターリア、ルリアンの幸せのためだ。国王陛下の指示に従おう。いいね」


「はい。ローザさん、宜しくお願いします」


「それでは深夜零時にお迎えに参ります」


「それはカボチャの馬車ではありませんよね?」


 ローザはナターリアの言葉に、楽しそうにクスクスと笑った。


「貴重品だけなので、御夫妻はタルマン様のタクシーで参りましょうか。私はルリアン様と公用車で、新居にご案内致します」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る