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「ルリアンは公用車ですか。カボチャの馬車でないのなら大丈夫ですね」
「ナターリア、しっかりしないか。これは夢ではないんだよ。ナターリアは一足先に使用人宿舎に戻り、必要最小限の貴重品を荷造りしてくれないか? 私はローザさんとルリアンと引っ越しについてもう少し話し合ってから帰宅するよ」
「わかりました。ローザさん、台所用品や衣類や下着もいらないのですか?」
「お気に入りの洋服や思い出の品はお持ち下さって結構ですよ。台所用品や衣類も一通り新居に揃えてはありますが、タクシーのトランクや後部座席に乗るくらいの荷物なら構いません。家具も揃っておりますので、家具や寝具はこちらで処分させていただきます」
「処分ですか……。わかりました。タルマン、ルリアン、私は一足先に帰りますね」
「頼んだよ、ナターリア」
タルマンはナターリアに金髪のウイッグを被せて、第二会議室から送り出す。会議室に残った三人はテーブルと椅子に座り、メイサ妃から届いた封書を開封した。中には数枚の写真と手紙が入っていた。
若き日のメトロ・ダイヤモンド公爵夫人は黒髪で整った顔立ちの美人だった。年齢を重ねたメトロ・ダイヤモンド公爵夫人は黒髪を金髪に染めてはいたが、デスクに座り赤い薔薇の描かれた万年筆を手に何やら執筆している写真だった。その写真を見てタルマンは「母さん……」と小さな声で呟いた。
「義父さん、メトロ・ダイヤモンド様は木谷正子さんで間違いないの? 本当に似てる? こんなに美人なんだよ。義父さんとは全然違う顔してる」
「歳を重ねた顔は亡くなる直前の母にそっくりだよ。私は父親似だから、こんなゲジゲジ眉毛だったが、母は若い頃から美人だったんだ。それにルリアンこれを見てくれ。メトロ・ダイヤモンド公爵夫人の手に赤い薔薇の描かれた万年筆が……」
「……本当だわ」
ルリアンは制服のポケットから、トーマス王太子殿下から頂いた赤い薔薇の描かれた万年筆を取り出してローザに見せた。
「これはメイサ妃がトーマス王太子殿下に渡されたものですね。メトロ様の万年筆なので写真に写り込んでいても不思議はありませんが」
タルマンは一枚の便箋を取り出す。便箋には書きかけの小説が綴られていた。その文章にタルマンには覚えがあった。母が初めて出版した小説のプロローグと同じだったからだ。
もう一枚の便箋には、小説ではなく日記のようなものが綴られていた。
【私は何故ここに来たの?
一体ここは何処なの?
記憶をなくしたのに、幼子の顔が浮かぶ。
私と同じ黒髪で黒い眉毛に黒い瞳。
幼子が可愛い声で私に抱きつく。
『お母ちゃん』と。
遠い遠い昔の記憶。
胸が締め付けられ、涙が溢れる。
愛おしい。愛おしい。
可愛い我が子よ。
母がいなくとも、強く生きていきなさい。】
「母が事故死した時、私はもう大人でした。現世の記憶や息子の年齢すらも忘れ、全く別人として生まれ変わったのに、幼い頃の私は覚えてくれていたのですね……」
涙を浮かべたタルマンの肩に、ルリアンは優しく手を添えた。
タルマンにはメイサ妃から直筆の手紙も入っていた。
『タルマン・トルマリン様。
ローザから話は伺いました。
これはメトロお祖母様が書かれた詩のようなものだと、私はずっと思っておりました。メトロお祖母様は文章を綴るのがとてもお好きな方でした。片時も離さず赤い薔薇の描かれた万年筆を傍に置き、時間があれば文章を綴られていました。あの万年筆がレイモンドやタルマン《キダニ》さんが現世とやらを、行き来する原因となっているとしたら、その万年筆は私達が持っていてはいけないもの。亡きメトロお祖母様にお返しするのが一番なのかもしれません。私には転生とか転移とか、そのような摩訶不思議なことはわかりませんが、もしもタルマンさんのお母様がメトロお祖母様に転生されたのだとしたら、一度メトロお祖母様のお墓にお参りしてあげて下さい。きっとメトロお祖母様もお喜びになると思います。 メイサ・サファイア』
メイサ妃の名前はブラックオパールではなく、すでにサファイアとなっていた。
「ローザさん、深夜、新居に引っ越した後、私とルリアンをメトロ・ダイヤモンド公爵夫人ねお墓にお連れして下さいませんか? この万年筆をメトロ様にお返ししたいのです。私達が現世に戻っても、二度とこの異世界には戻らないように。現世の赤い薔薇の描かれた万年筆は、私が必ず取り戻し母の墓に入れます」
「もう二度とこちらの世界には来られないつもりなのですね。もしや、メトロ様の墓参りのあとに事故を起こされるつもりなのでは?」
「はい。私達の魂が現世に戻っても、この世界のタルマンとルリアンは必ずどこかの病院に入院しているはずです。彼らは死んだりはしません。トーマス王太子殿下と正式に婚約されるのは、本当のルリアン・トルマリンであるべきなのです。亜子には現世に恋人がいるのですから。トーマス王太子殿下そっくりの昂幸という青年が、亜子が現世に戻るのを待っているのです。私は事故を起こし、こちらの世界に亜子を転移させた責任として、亜子を現世に連れ戻す義務があります。ローザさん、ナターリアのことをしばらく宜しくお願いします」
「ナターリアさんやトーマス王太子殿下にはお話にはならないのですか?」
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