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「ナターリアは弱い女性です。真実を知れば耐えられないでしょう。トーマス王太子殿下は真実を知れば亜子を引き止めるかもしれません」


「そうですね。でも女性はそんなに柔ではございませんよ。前回事故を起こされた時も、ナターリアさんはタルマンさんが生きていると信じていました。トーマス王太子殿下もメイサ妃のご子息です。メイサ妃は不思議な体験をされております。お二人ともきちんとお別れをなさった方が、事故のあと、トーマス王太子殿下もナターリアさんも平常心でいられるかもしれません」


 ルリアンは何も言わずに去った方が、トーマス王太子殿下の愛情が一心にルリアンに向くと思った。


「ローザさん、本当にそうでしょうか? 何も語らない方がいいのでは?」


「ルリアンさんはそう思われますか? これはあくまでも私の意見です。ルリアンさんもタルマンさんも自分が思う方法でお別れをして下さい。引っ越しは午前零時。明日の早朝にレッドローズ王国に参りましょう。ルリアンさんは秘書として、最後にトーマス王太子殿下の部屋に行かれても構いませんよ。ただし、午前零時までには使用人宿舎にお戻り下さいね」


「……伺っても宜しいのですか?」


「はい。もうお二人のことは国王陛下もマリリン王妃も公認です。それにこれは浮気にはなりませんよ。あなたの体はルリアン・トルマリンなのですから」


 (私の体はルリアン・トルマリン……。)


「タルマンさんは金髪のウイッグをつけて下さいな。訪れた時と同様に正面玄関からお引き取り下さい。私が正面玄関までお送り致します。帰宅されたらナターリアさんにちゃんとお話下さい」


 ローザはメイサ妃が送ってくれた写真や手紙を封筒に入れて、タルマンに渡した。


「ローザさん、色々ありがとうございます。毎度毎度助けて下さり感謝申し上げます。ルリアン、それでは午前零時までに必ず戻るんだよ。今夜はナターリアと手を繋いで寝るよ。しばらくナターリアを一人にしてしまう。寂しくないようにな」


「義父さん……」


「本物はちゃんとこの世界にいるから、最後ではないか。あはははっ」


 いつものようにバカ笑いしているタルマンだが、瞳の奥から溢れだす涙が見えた。タルマンもルリアンと同じ、魂は別人だが、この世界ではナターリアはタルマンの妻であり、ルリアンのたった一人の母だ。


「午前零時までには帰宅します。それでは……義父さん、またあとでね」


「おう。またあとでな」


 会議室を出たルリアンは、使用人専用のエレベーターに乗り込んだ。三階で降り、トーマス王太子殿下の部屋のドアを叩く。ドアが開き、そこにはスポロンが立っていた。


 スポロンは目尻を下げ、とても優しい顔で微笑んだ。


「ルリアン様、会食が無事に終わりおめでとうございます。先ほど警視総監から国王陛下にお電話があり、ドミニク殿下一族の収賄罪が立件されたそうです。議会も直ぐに対応し、ドミニク殿下一族は王室を追放、三人の王子は王位継承権を剥奪されました。あとはルリアン様がトーマス王太子殿下との間に可愛い御子様を授かれば、このパープル王国も安泰でございますね。今夜深夜零時に引っ越しされるそうですね。将来のお妃の御両親様に相応しい邸宅を王都に大至急ご用意致しました。正式に国内外に婚約を公表されるまでは、私はしぱしのお別れとなります。本日は本当におめでとうございました」


 深々とお辞儀をし、部屋を出て行くスポロンをルリアンは思わず引き止めた。


「スポロンさん、十七歳の頃から私や家族に親切にして下さりありがとうございました。スポロンさんに、私も両親もどれほど支えられたか。いくら感謝してもしきれないくらいです。本当にありがとうございました」


「ルリアン様、まるで永遠のお別れみたいですね。ご婚約が公表されれば直ぐにお妃教育ですよ。私もお妃教育には指導係の一人に任命されています。ビシビシ指導致しますので、ご覚悟なさって下さいね」


 スポロンはルリアンに優しい笑みを浮かべた。


「はい。スポロンさん……。本当にありがとうございました。これからも宜しくお願いします。さようなら」


 ルリアンは泣きそうになるのをグッと堪えて、スポロンに別れを告げた。スポロンは感情的になっているルリアンに再び頭を垂れて退室した。


「ルリアン? 何かあったのか? 国王陛下や王妃に婚約を認めてもらえたのに、浮かない顔をしてる。まさかマリッジブルーではないよな? さあ二人で乾杯しよう」


「はい」


 トーマス王太子殿下はグラスを取り出し、レッドローズ王国のワインを注ぐ。


「母にも早速連絡したよ。とても喜んでくれた。母が『トルマリンさん宛の封書は届きましたか?』と聞いていたが、何のことかルリアン知ってる?」

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