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 ローザはその様子を見て話を切り出した。


「ナターリアさんがお目覚めまで、しばしお話を。キダニさん、お帰りなさい。アコさんを迎えに来られたのですね。万年筆の件も伺いました。私も同感です。メトロ・ダイヤモンド様のお写真はメイサ妃にもう頼みましたゆえ、配達されるまでお待ち下さい。国王陛下と王妃の会食でヘマは許されませんよ。明日、明後日、私が立ち振る舞いやテーブルマナーの特訓をします。会食時の洋服もこちらでご用意しますからご心配なく。心配なのはナターリアさんのことでございます。国内外に発表されるまでは決してトーマス王太子殿下との婚約は口外しないことと、キダニさんとアコさんが現世に戻られることは、婚約成立後、夫としてキチンとお話下さいね」


「ローザさん、ルリアンから全て聞かれたのですね。お心遣いありがとうございます。私は現世で事故死した母がこの異世界に転生して、公爵夫人として裕福な暮らしをして二度目の生涯を終えたのなら、こんな幸せはないと思っています。ですが、やはりそんな話は信じられなくて……。でもルリアンから、赤い薔薇の描かれた万年筆を見せられ、やっと母の万年筆だと確信しました。母は転生してもあの万年筆だけは手放さなかったのですね。実はあの万年筆は現世にもう一本あります。この異世界を創った原作者が持っています。その原作者が現世とこの世界の住人の容姿や運命までをも似せているのです。私は現世に戻ったら、母の万年筆を取り戻すつもりです」


「この世界を創った原作者? その人物とは?」


「マリリン王妃にそっくりな女性です。トム国王陛下は亜子の恋人である昂幸さんの義父にそっくりで、彼女は正妻を離婚させ、後妻に収まったのです」


「まあ……。なんてことでしょう。この世界を創った人物が正妻を離縁させ、今ではタカユキさんの義母とは。まるでトーマス王太子殿下と同じではありませんか」


「そうなんです。ただご理解出来ないと思われますが、ここは現世ではゲームと呼ばれている世界で、プレイヤー次第で結末は何通りにも変化するようで、私もあまり詳しくはないのですが、亜子がどうしてもトーマス王太子殿下とルリアンの婚約を整えてからでないと現世には戻れないと申しまして」


「ゲームとかプレイヤーとか、この私にはさっぱりわかりませんが、キダニさんとアコさんが現世に戻られるなら、その前になんとしても婚約を整えたいと思っております。王室にも王位継承の争いが起きておりまして、それを阻止するためにも、王位継承第二位のトータス王子よりも先に婚約を国内外に発表したいと思っております。一般人のルリアンさんでは不満だと国民が反発するなら、本当にダイヤモンド公爵家の遠縁と養子縁組をすれば、ルリアンさんはダイヤモンド公爵令嬢となられます。いかがでしょうか?」


「ルリアンは血の繋がりははなくともタルマンとナターリアの娘です。ダイヤモンド公爵令嬢などと偽りの爵位など必要ありません。それが不服なら、こちらからこの婚約はお断りだ」


 タルマン《キダニ》は実父でもないのに、ローザに強気にでる。


「やだ。義父さん、現世とゴチャゴチャにしないで。ルリアンがトーマス王太子殿下と婚約できるなら、トルマリンでもダイヤモンド公爵令嬢でも私は構わないわ」


「バカもん! 本物のタルマン・トルマリンでもきっと同じことを言うに決まってる。ナターリアだってそうだ。大切な娘を養子縁組などさせん。一般人が不服なら、婚約しなくても構わん。亜子がそんな考え方でどうするんだ。本当のルリアンの気持ちに寄り添え」


「バカもんはどっちよ。私はずっとルリアンに寄り添ってます。だから昂幸がいるのにトーマス王太子殿下と婚約するのよ。そんなこともわからないの? バーカ」


「親にバカとは何事だ。私は亜子を取り戻すために、わざわざ危険をおかしてこの世界に転移したんだぞ」


「あの事故で一緒に転移してくれないから、こんなことになったんでしょう。全部義父さんのせいよ」


「あれは車の自動操縦の不具合だったんだよ。まさか亜子が昏睡状態に陥るなんて。義父さんだって一緒に転移してやりたかった」


 親子喧嘩を始めたタルマンとルリアンに、ローザは呆れたように仲裁する。


「まあまあ、二人とも落ち着いて下さいな。わかりました。とりあえず、問題は明後日の会食です。明日、明後日の二日間午前九時から午後六時まで一階の会議室でみっちり特訓致します。ナターリアさんには休暇をとっていただきます。これは極秘事項です。他にはスポロンさんしかしりません。使用人専用入口から入られるとかえって目立ちます。そうだわ、例の金髪のウイッグをつけて、王宮の正面玄関にお越し下さい。スポロンさんにほ私から申し伝えます。宜しいですね」


「金髪ですか? わかりました。ナターリアにはルリアンのウイッグを使用させます。詳細は私から説明します。明日、正面玄関からスポロンさんを訪ねればいいのですね」

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