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「はい。キダニさんは国王陛下と王妃の前ではタルマン・トルマリンです。決して現世とかご自分がキダニとか、ルリアンさんをアコとか呼ばないで下さいね。親子喧嘩も禁止します」
「わかってます。もう何度もこちらの世界に来ていますから、こちらのことは不思議とよく覚えておりますから。そんなヘマはしません」
「それならもう何も申し上げることはありません。あとはナターリアさんだけですね。では、ルリアンさん、私はこれにて失礼します。婚約が整うまでは、今まで通りトーマス王太子殿下の秘書としてお務め下さいね」
「はい。あの……お妃教育は私ではなく本物のルリアンさんでお願いします。他国の語学とか王室のマナーとか伝統とか、私にはとてもとてもマスターできそうもありませんから」
「おや、随分と弱腰なこと。それはどちらになるか私には判断しかねます。では失礼します」
ローザが部屋を出たあと、タルマンとルリアンはヘナヘナとその場にへたり込む。気を取り戻したナターリアは、何が話し合われたのか訳がわからず暫くポカーンとしていた。
「ナターリア気がついたか」
「あら、ローザさんは? そ、そ、それより、ルリアンがトーマス王太子殿下とお付き合いしてるって本当なの? きゃあああ、夢みたい。まるでガラスの靴の童話みたいよね。ねえ、父さん、こんなこと現実にあるのね」
「あっ……、うん。そうだな。でも、ナターリア、これは他言してはならない極秘事項なんだ。先ずは落ち着こう。ほら、深呼吸して、ヒーヒーフー」
「ヒーヒーフー、ヒーヒーフー、って。やだ父さん、お産じゃないんですから。ルリアンがトーマス王太子殿下のお妃になっても、私は調理場で雇ってもらえるかしら? この宿舎を追い出されないわよね?」
「そうなったら、ナターリアはお妃の御生母様だよ。調理場や使用人宿舎というわけにはいかないだろう。それなりの処遇をして下さるはずだ」
「わ、私がお妃の御生母様? ひえええ……」
ナターリアはまたその場で気絶した。
ルリアンはこの両親が国王陛下や王妃と会食だなんて、前途多難だとつくづく感じた。
◇
―翌日・王宮玄関前―
「ナターリア、わかってるな。会議室に着くまで知り合いの使用人に逢っても口を開かず、会釈するだけにしろよ」
「わかってるわ。昨夜父さんとルリアンから話を聞いた時には夢だと思っていたけど、今朝もまた同じ話をするから、やっと夢じゃなかったと理解できたし、ルリアンの金髪も借りて、私服の中で一番マシな洋服を選んだんですからね」
タルマンは黒いスーツに金髪のウイッグ。ナターリアはルリアンが変装用に使った金髪のウイッグに、薄紫色の紫陽花柄の綿のワンピースだ。挙動不審でどう見ても不審者にしか見えず、王宮の玄関から入れるような人物には見えない。
玄関前にはスポロンが待っていた。二人の変装に眉をひそめマジマジと見つめている。
「おはようございます。お待ちしておりました。一階の会議室にご案内します」
「おはようございます。スポロンさん、こんな変装で大丈夫ですか? 金髪のウイッグだなんて初めてで、調理場の皆にバレないかしら?」
「黙って着いてきて下さればバレないと思いますよ。使用人の食堂は王宮内にはありませんし、清掃係やメイドや執事は王宮内で働いていますが、一階の会議室はすぐそこですから」
「ほらな。ナターリアが口を開かなければいいんだよ」
「だって、スポロンさんだからつい……」
「スポロンさんだから話すのか? それどーいうこと?」
「あらやだ。あなたヤキモチですか?」
二人のお喋りに我慢出来なくなったスポロンは、「コホン」と咳払いをする。
タルマンとナターリアは『すみません』とばかり会釈して、王宮のエントランスを見上げた。その豪華絢爛で煌びやかな内装に、初めて王宮に足を踏み入れたナターリアは声を上げそうになり、タルマンに口を押さえられた。
「お二人とも落ち着いて下さい。エントランスで驚いてどうするのです。明後日は国王陛下と会食ですよ。娘さんのためにもしっかりして下さい」
タルマンとナターリアは黙ったままコクンコクンと頷いた。
一階の第二会議室に通されると、そこにはローザが待っていた。
「おはようございます。お待ちしておりました。タルマンさん、ナターリアさんには十分説明をして下さいましたよね」
「はい。変装もバッチリでいつもより濃いめにメイクしてみました。しかし、王宮とは凄いところですね。いつも使用人専用入口から入り、調理場で働いているため、王宮内を初めて見たので眩しすぎて目がキラキラしてます」
「ナターリアさん、観光客ではないのですから。トーマス王太子殿下のお相手のご両親として、国王陛下や王妃と会食されるのですよ。もう少し堂々として下さい」
「堂々と……。今まで鼠みたいに穴蔵で隠れるような生活をしていたので、堂々と言われましても、しかもお相手は国王陛下と王妃、王太子殿下です。私には無理です」
「無理ではすまされません。これはルリアンさんの人生を左右することなのです。それを理解した上で、本気で取り組んで下さい」
「わかりました。宜しくお願いします」
タルマンとナターリアはローザに深々と頭を下げた。赤っ恥を掻かないためにルリアンに昨夜テーブルマナーだけは教わったが、緊張からすでに頭は真っ白になり、二人とも何も覚えてはいなかった。
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