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 ◇


 ―トーマス王太子殿下の部屋―


「トーマス王太子殿下、おはようございます。本日も宜しくお願いします」


「ルリアン、おはよう」


 トーマス王太子殿下はルリアンを抱き締め、優しいキスを落とす。


「ちょ、ちょっとお待ち下さい。私はまだ秘書なんだから」


「スポロンは今ルリアンのご両親を一階の第二会議室に案内しているはずだから、暫く来ないよ」


「そういうことではありません。ケジメをつけて下さい。本日のスケジュールですが、午前中は……」


 トーマス王太子殿下は、スケジュール表に視線を落とすルリアンの言葉を遮る。


「こっそり会議室を覗く? 私が同席した方が緊張感増して練習になるよ」


「……っ、ローザさんがいるから大丈夫です。ビシバシ鍛えてもらいますから。午前十時より、王立幼稚舎の視察になります。正午は園児と一緒にランチしたあと、ライト公爵様のパーティーに招待されています」


「王立幼稚舎はわかるけど、ライト公爵家のパーティーって、またマリリン王妃の策略? きっと公爵令嬢がいるんだろう。ルリアンは耐えられるのか?」


「公爵家や伯爵家の会食やパーティーもご公務だと思えば、気にはなりません」


「あれは公務とは言わないよ。マリリン王妃にお見合いさせられてるんだよ。私にはルリアンがいるとわかっていながら、懲りないよね」


「そうだとしても、これが本日のスケジュールですから」


「会議室の方が、きっと楽しいよ」


「だからあ、それはローザさんがいるから大丈夫なんです。もう少ししたら私がスーツを選びますから」


「王立幼稚舎だろう? 園児と遊ぶならスーツよりもリラックスしたファッションの方が自然だよ。スーツを選ぶならライト公爵家のパーティー用でよくない? ルリアンも一緒に正装して参加しようよ」


「それはできません。私は秘書ですから、この制服で」


「公爵家のパーティーだよ。秘書も正装するのが礼儀だろ。そう教わらなかったのか?」


「そうなんですか? スポロンさんは秘書は別室か会場の隅でと……」


 ドアがノックされ、直ぐさまスポロンが入室する。

 

「トーマス王太子殿下、お待たせしました。ルリアンさんおはようございます」


「スポロンさんおはようございます。両親はご迷惑をおかけしていませんか?」


「全て想定内ですからご心配なく。今はローザさんに会釈の角度や敬語から学ばれています」


 (ああ、会釈の角度や敬語からだなんて、恥ずかしい。しかも想定内だなんて、あれだけ昨夜テーブルマナーまで練習したのに。まだそこまでも辿りつけないんだ。)


「申し訳ありません。僅か二日で両親が国王陛下や王妃と会食できるとは思えません。少し日にちを遅らせていただくことは難しいですか?」


「多分、日にちを遅らせても大差はないと思われますよ。下手に日にちがあかない方が宜しいかと。ご両親は一般人なのですから、王族や公爵のようにはまいりません。それは国王陛下もご理解されているはずです」


 ルリアンは大きなため息を吐く。


「ふうう……。すみません。スポロンさん今日のスケジュールですが、王立幼稚舎の視察はリラックスできる洋服で、ライト公爵家のパーティーはスーツで宜しいですか? 私はどうすれば……」


「ルリアンさんはまだトーマス王太子殿下の秘書です。そのままで構いません。ライト公爵家のパーティーにはトータス王子も招待されているようです。まだルリアンさんとのご婚約は正式に成立していません。本日は秘書として振る舞って下さい。ルル・アクアマロンも同行するはずです。彼女を見習えば心配はありません」


「はい」


 (さすがルル・アクアマロンだ。私と同時期にメイドから秘書に配置転換されたのに、まるでベテラン秘書のような扱いだ。ルルは瑠美にそっくりだから、久しぶりに逢えるのは嬉しい。)


 ルリアンとスポロンの会話に、トーマス王太子殿下が口を開く。


「スポロン、トータス王子も招待されているとは本当なのか?」


「はい。ライト公爵夫妻の結婚五十周年のパーティーですから、派手にお祝いされたいのでしょう」


「なるほどな。王立幼稚舎に行く前にルリアンと一階の会議室に行き、ご両親に挨拶をしたいのだが、構わないだろう」


「トーマス王太子殿下が直々にご挨拶ですか」


「王族は常識がないと思われなくないからな。ルリアンと交際している挨拶も、妃に迎えたいとの申し出もまだしていないのに。国王陛下との会食の練習を強いるとは、ご両親に失礼だとは思わないか?」

 

「それはそうですが……。あのご様子では益々緊張されるのではないかと」


「十五分でいい。スポロンはここで待っていてくれ。ルリアン、行くぞ」


「えっ? それ本気ですか? スポロンさん、いいのでしょうか?」


「トーマス王太子殿下のご要望ですので。私が引き止めることはできません。ただし、時間は十五分ですよ。王立幼稚舎の洋服とライト公爵家のスーツはご用意しておきますので」


「宜しく頼む。ルリアン、早く行こう」


「は、はい。スポロンさん行って参ります」


 トーマス王太子殿下はルリアンの耳元でこう囁いた。


「これで堂々と会議室に行けるな」


 (本当に悪趣味だ。ワナワナしてる両親を見て笑うつもりなんでしょう。図体は大人だが精神面は子供みたいだ。)


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