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「昨日義父と話したのです。この万年筆をメトロ・ダイヤモンド公爵夫人のお墓に収めたら、もう現世からこちらの世界に誰も転移しなくなるのではないかと……」


 ローザは赤い薔薇が描かれた万年筆を手に取り、まじまじと見つめた。


「わかりました。この万年筆が全ての始まりだとしたら……。至急、メイサ妃に連絡し、メトロ様の写真をこちらに送ってもらいますね。一度若い頃の写真を拝見したことがありますが、ダイヤモンド公爵夫人は美しい黒髪でした。それを金髪に染められていたのですが、ルリアンさんを初めて見た時に、その美しい黒髪を見て思いだしたのです」


「ローザさん、宜しくお願いします。私は帰宅して両親に国王陛下との会食を知らせますが、あの母が信じてくれるかどうか……」


「畏まりました。この私が話しましょう。キダニさんにもお逢いしたいし、明日、明後日の特訓もありますしね。ナターリアさんは調理場を休んでいただきます。それと、トーマス王太子殿下とのことはご存知ないのでしょう。ナターリアさんはお喋りなので、口止めも必要ですね」


 ルリアンはナターリアにどう説明すればいいのか迷っていたため、ローザが一緒に話してくれることになり、内心ホッとした。


 ―使用人宿舎―


「ただいま」


「お帰りなさい。ルリアン」


「母さん、実はお客様なの。秘書室長のローザさんです」


「まあ、ローザ・キャッツアイさんが!? 父さん、父さん、大変よ。部屋を片付けて。秘書室長がお見えなのよ」


 慌てるナターリアにローザは優しく微笑む。


「そのままで結構ですよ。タルマン・トルマリンさん、お邪魔します」


 ローザは遠慮なく室内に入る。タルマンは何故か目を右往左往して落ち着きがない。タルマンがキダニだと知っているローザは、その落ち着きのなさに笑いが止まらない。


「落ち着いて下さいな。お久しぶりでございます。お元気そうで何よりです。またお逢いできてローザは嬉しゅうございますよ」


 先日、タルマンがトーマス王太子殿下やルリアン、ローザやスポロンと一緒にレッドローズ王国に行ったことを知っているナターリアは、ローザの発言に違和感を抱いたが、タルマンは瞳を輝かせローザと固い握手を交わす。


「ローザさん! お久しぶりです。もしや、ルリアンから聞かれたのですか?」


「はい。よくぞご無事で。それより本日は国王陛下より大切な伝言がございます。座っても宜しいですか?」


「勿論ですよ。どうぞお座り下さい。でも国王陛下より大切な伝言とは、ナターリアがクビになり、この宿舎を出て行けと!?」


 ナターリアはローザに紅茶を入れたカップを出しながら、ガタガタと手は震えている。


「私がクビですか……!? 父さんどうしましょう。ローザさん、私が調理場で何か不手際でも……」


「いいえ、ナターリアさんはお料理も上手で働き者で、皆助かっています。強いて言えば口が軽いことと、多少お喋りが過ぎることでしょうか」


「わ、わ、わ、申し訳ございません。調理場では今後噂話は一切致しません。スポロンさんとルリアンのお見合いも勧めません」


「スポロンさんとルリアンさんのお見合いですって? おや、まあ。孫ほどの年の差があるのに、こんなに美しい娘をあのスポロンとお見合いとは。なんたること。トーマス王太子殿下が知ればお怒りになり、スポロンもクビですね」


「申し訳ございません。申し訳ございません。二度と申しません。それより……トーマス王太子殿下がどうしてお怒りに?」


 トーマス王太子殿下とルリアンの関係を知らないナターリアは、訳がわからずキョトンとしている。


「では、ご両親もルリアンさんもお座り下さい。実はルリアンさんに縁談がございます。ただし、スポロンさんではございません」


「……申し訳ございません」


 ナターリアはローザに平謝りだ。


「あの……娘に縁談とは? 年頃なのに浮いた話もなく、母親として心配しておりました。この際どなたでも文句は申しません」


「ナターリアさん、心配ご無用ですよ。ルリアンさんはハイスクールの頃よりお付き合いされている殿方がいらっしゃいます。そのお方のご両親と明後日両家で会食をすることが決まりました」


「娘に恋人が? まさか、そんなはずは。国王陛下より伝言とは、お相手が王宮の使用人だからでしょうか?」


 あまりにも的外れなナターリアに、黙って聞いていたルリアンは我慢できずに口を開いた。


「母さん、失礼よ。お相手はトーマス王太子殿下です。国王陛下と王妃がお忙しい中、明後日両家で会食の時間を取って下さったのよ」


「なーんだ。トーマス王太子殿下なの? あらやだ。安心したわ。えっ? はっ? 王太子殿下? 国王陛下と王妃と私達が会食? か、か、か、会食?」


 ナターリアは驚きのあまり、そのまま白目を剥いてバタンと気絶した。


「うわ、ナターリア! ナターリア! だめだこりゃ。衝撃が強すぎたようだ」


 タルマンはナターリアの顔をパタパタと新聞で扇いだが、ナターリアは気を失ったままだ。

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