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「あなたは現世と呼ばれている場所から、この世界に迷い込まれたアコさんですね。恋人はトーマス王太子殿下に瓜二つのタカユキさん。一人でこの世界に来られ、あの時は悩まれていたように見えましたが、本日はスッキリされていますね。現世とやらに戻る決意をされたのですね」


「……はい。でもルリアンの願いを叶えてから現世に戻りたいと思っています。トーマス王太子殿下とルリアンの婚約を是非整えたいのです」


「そうですか。体はルリアンさんで魂はアコさん。私は以前、『不思議な体験をした殿方を二人知っております。もしもあなたがルリアンさんではなく、アコさんであるなら、私にも何か力になれるかもしれません』と申しました。その気持ちは今も変わりません。ルリアンさんの体からアコさんが消えても、私が必ず本当のルリアン・トルマリンを捜し出し、トーマス王太子殿下と御成婚できるようにしますからご安心下さい」


 ルリアンの目から涙が溢れた。ローザはルリアンを優しく抱き締めた。


 ――『私はあなたの味方ですよ。ルリアンさんであろうが、アコさんであろうが、あなたはあなたなのですから。神は時にわけのわからない悪戯をされるようです。ですが、必ずあなたの魂は夢の世界に戻れる日が訪れるでしょう』


 ルリアンはサファイア公爵邸での、ローザの優しい言葉を思い出して、何度励まされたか。


「ローザさん、実は……まだ話の続きがあります。昨日、現世から私の義父である木谷正がこの世界に転移しました。私を迎えに来てくれたのです」


「な、なんですと!? キダニさんがまたタルマンさんに!? タクシーでドライブインに行っていたのは、キダニさんでしたか」


 ローザは腰を抜かさんばかりに驚いた。


「……そうなんです。国王陛下との会食後ならよかったのですが。よりによってタイミングが悪く会食前に転移してしまいました。あの義父さんが国王陛下の前で常識人でいられるとは到底思えません」


「なるほど。現世よりキダニさんが……。それで現世に帰る決心がついたのですね。もしや、メイサ妃のご主人様レイモンドもご一緒ですか?」


「いえ、義父にも確かめましたが、一人でこの世界に転移したようです」


「そうですか。娘を思う父親の気持ちは海よりも深く空よりも広い。なんという勇気ある殿方でしょう」


「いえ、いえ、義父はそんな大それた人物ではありません」


「では婚約が整えばルリアンさんはキダニ《タルマン》さんと現世に……」


「はい。実はローザさんにもうひとつお願いがあります。メトロ・ダイヤモンド公爵夫人の遺品の赤い薔薇が描かれた万年筆のことです。ダイヤモンド公爵夫人のお写真を見せていただけないでしょうか?」


「赤い薔薇が描かれた万年筆? メイサ妃が『自分の代わりだと思って大切にするように』とトーマス王太子殿下に譲られた品ですね。メイサ妃は『これは幸運をもたらす万年筆、将来のお妃に差し上げなさい』とも仰られました。もしやそれを受け取られたのですか?」


 ルリアンはバッグの中から万年筆を取り出す。


「実は……現世の義父さんの母親は交通事故で亡くなりました。作家だったため棺に愛用の万年筆も納棺したそうです。これと同じ模様の万年筆で、これは特注品で世界に二本しかないそうです。もしかしたら……木谷正子さんはこの異世界に若返り転生したのかもしれません。そしてダイヤモンド公爵に見初められ、メトロ・ダイヤモンドとして生涯を終えられたとしたら辻褄は合います。だからこの万年筆のことをメイサ妃は、移民でも公爵夫人になれたメトロお祖母様を想われ、『これは幸運をもたらす万年筆』だと仰られたのではないでしょうか」


「なるほど、そうきましたか」


「もしもそうだとしたら謎は解けます。この異世界にある『赤い薔薇が描かれた万年筆』と現世にある『赤い薔薇が描かれた万年筆』が、義父さんや秋山さんや私までをも、何度もこの異世界と現世を行き来させていたに違いありません。きっと木谷正子さんが息子の義父さんを導いたのです」


「ルリアンさん、レッドローズ王国から帰国した際、私が申したことを覚えていますか?『メトロ・ダイヤモンド様は記憶喪失の女性で身元すらわかりませんでしたが、ダイヤモンド公爵様が見初められご結婚されました。身分など、どうとでもなるのです。それにダイヤモンド公爵家の遠縁の親族も満更嘘でもないかもしれませんしね』と」


 ローザは自慢気にニンマリと笑った。


「まさか……ローザさんもそう考えておられたのですか!? あの時はそんな深い意味があったとは、全然考えも及びませんでした」


 ルリアンの仮説に確信はなかったが、ローザの『ダイヤモンド公爵家の遠縁の親族も満更嘘でもないかもしれませんしね』という言葉の意味で、仮説に現実味をおびた。

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