61
全ての公務を終え王宮に戻ると午後六時を過ぎていた。トーマス王太子殿下の部屋に入り、気遣いで疲労困憊のルリアンとは対照的に、スポロンは落ち着いた様子で疲れなど微塵も感じさせない。
「スポロン、ケビン伯爵夫妻との食事会だが、伯爵令嬢のキャシーさんも同席していた。その意図は私のお妃候補のお見合いのつもりだろう。マリリン王妃も往生際が悪いな。スポロンもちろん断ってくれ」
「畏まりました。ルリアンさん、ローザさんがあとで秘書室に来るようにとのことです。国王陛下と王妃との会食の日取りのことだと思われます」
「わかりました。今日は足手まといではありませんでしたか? スポロンさんがいなかったら、私一人ではとてもできませんでした。ありがとうございました」
「ルリアンさんはトーマス王太子殿下の婚約者になられるお方です。秘書の仕事は必要ありません。正式に婚約が決まればお妃教育が始まります。秘書の仕事はお気になさらずに。お妃教育は比較になりませんからね」
「お妃教育!!」
「こら、スポロン。ルリアンを怖がらせるな。ルリアンは私の隣で笑っていればいいんだよ」
(ていうか、かなりのプレッシャー。本物のルリアン・トルマリンなら出来るのかな。私は自信ないよ。)
「トーマス王太子殿下、スポロンさん、私は秘書室に戻ります。明日も宜しくお願いします。失礼します」
トーマス王太子殿下とスポロンにお辞儀をして、部屋を出ようとしたら、トーマス王太子殿下に呼び止められた。
「ルリアン、忘れ物だよ。『おやすみなさい』のキスは?」
思わず足が止まり、固まったルリアン。スポロンの眼差しが気になり振り返れない。
「トーマス王太子殿下、執事の前ではしたない。仮にもまだルリアンさんは秘書です。正式に婚約したわけではありませんよ」
「はいはい。スポロンは堅物なんだから。ルリアン、また明日」
『チュッ』と投げキッスしたトーマス王太子殿下を見て、スポロンは呆れたように投げキッスを右手でキャッチした。
―秘書室―
「ローザさん、お待たせしました。遅くなり申し訳ありません」
「いえ、本日はご公務が多く大変だったでしょう。三日間休暇を取られていたので致し方ありません。疲れませんでしたか?」
ルリアンはローザの前では素直に弱音が吐けた。
「疲れましたあ……」
ローザはクスクスと笑う。
「でしょうね。トーマス王太子殿下が昨夜国王陛下とのディナーで暴走されたようですね。しかし、盗聴器を含め、メモリー・ダイヤモンドをトリビア・カルローに尾行させていたとは、マリリン王妃もしたたかですね。変装は妙案だと思ったのに、あっけなくバレてしまいましたが、トーマス王太子殿下もあっさり白状なさるとは」
「申し訳ありません。私が秘書の身分でありながら、一夜を共にしてしまったせいです」
「それで本題ですが、国王陛下と王妃もご公務が忙しいため、明後日、午後六時に国王陛下の私的なダイニングルームで両家の会食を行うことになりました。来賓室ではトルマリン夫妻が緊張なさると思いまして。少しでもリラックスしていただくのと、まだ王室内でも極秘の会食となりますため、トルマリン夫妻にもそうお伝え下さい」
「明後日ですか!? もう少し時間に余裕が欲しかったです。義父も母もテーブルマナーはおろか敬語もろくに使えないのです。ローザさん、お願いします。国王陛下や王妃に失礼のないように、明日と明後日で両親を特訓していただけませんか?」
「ご両親を特訓ですか? ルリアンさん、トーマス王太子殿下との婚約に前向きになられたのですね。もう気持ちの整理はつきましたか?」
(気持ちの整理……。ローザさんはサファイア公爵邸で私に色々話してくれた。それはまるで、私が現世からこの異世界に転移したことを知っているようだった。義父までも転移した今、正直に話すしかない。)
「ローザさん、信じて貰えないかもしれませんが、私は本当は日本から転移した滝川亜子です。でもこれはトーマス王太子殿下には言わないで下さい。トーマス王太子殿下はルリアン・トルマリンを本気で愛されているから……。きっと本当のルリアンも同じ気持ちのはず。私は今ルリアンの体を借りているにすぎないから、二人の愛を壊したくないのです」
ローザは驚くわけでもなく、この奇想天外な話を冷静に聞いていた。
「ルリアンさんがいつ真実を語っていただけるか、私は待っておりました。サファイア公爵邸を訪れた際に、メイサ妃に色々質問していたルリアンさんは、たいそう切羽詰まった様子でしたし、ルリアンさんの夢の話は満更嘘ではないと思っておりましたから」
(やはりローザさんはとっくの昔に察していたんだ。)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます