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「それだけは絶対に嫌だあ!」
突然叫んだルリアンに、ローザは目を丸くしている。赤ワインはすでに三杯目だ。
「ルリアンさん飲みすぎですよ。こんなに酒癖が悪いとは。ほどほどになさい」
「いえ、メイサ妃もっと教えて下さい。レイモンドさんはトラック事故のあと、メイサ妃に何か話しませんでしたか?」
「レイモンドは狼狽していました。ミリ、タカユキ、ユウという名を叫んでいました」
「美梨、昂幸、優……ですか」
(やはり義父さんや秋山さんが話していたことは本当だったんだ。)
「それとこんなことも……。『ここは私がいる現世の人間が創り出した異世界です。何が起きても不思議はありません。この異世界は現世とも時系列が似ているのです。この異世界を創った原作者が私の知っている女性だとしたら私とミリの私生活を調べ上げそれを原作にしているはず。この異世界の中に自分に似せたキャラクターも創っているに違いない。その女性に逢えたなら現世に戻れるかもしれない』と」
「この異世界の原作者に逢えたら現世に戻れるかもしれないと? レイモンドさんはそう話したのですね」
「レイモンドは私と結婚してユートピアを授かったことも忘れていたわ。衝突事故のせいで一時的な記憶の欠落だったのか、何もかもが私には突拍子もない話しばかりで、レイモンドの頭がおかしくなったのかと思いましたけどね。でも思い出したのです。アリトラ・ジルコニアとゲイト・サンドラのおこした誘拐事件のあとに事故で二人の姿は忽然と消え、私は現世の日本とやらに二人は戻ったものと思っていました。でも三年後に二人は町外れの病院で偶然発見されたのです。二人とも昏睡状態で名前も居住地もわからない身元不明の患者として扱われていましたが、ゾンビみたいに二人はいきなり息を吹き返したそうです」
メイサはゾンビのように身振り手振りで顔を歪めて演技した。ローザは笑いを堪えきれずゲラゲラ笑っていたが、ルリアンには笑えなかった。
何故なら、現世で木谷正と秋山修が同じように息を吹き返したことを思い出したからだ。
「そのあとは、さっき話した通りです。『現世の日本』とは何なのでしょう。そんな異国があるのでしょうか。色々調べましたがそのような国はありませんでした。レイモンドはその異国に妻子がいるなら、私達は一体何者なのだろうと、時折、ふと思ったりもします」
「メイサ妃、ありがとうございました。今のレイモンドさんが本物のレイモンドさんです。現世の日本に妻子がいるレイモンドさんは偽りのレイモンドさんです。もうレイモンドさんはメイサ妃だけのレイモンドさんです。ご安心下さい」
メイサ妃はルリアンの言葉にキョトンとしていたが、酔っていたせいかニッコリ笑った。
「メイサ妃、もう一つだけいいですか? サファイア公爵夫人のお母様であるメトロ・ダイヤモンド公爵夫人のことです。ダイヤモンド公爵夫人は記憶喪失で多分黒髪の移民と推測され、ダイヤモンド公爵様が一目惚れをされて結婚されたんですよね?」
「確かそのような話を母から聞いたことはありますが、メトロお祖母様がどうかしましたか?」
「メトロ・ダイヤモンド公爵夫人は赤い薔薇が描かれた万年筆をお持ちでしたよね」
「ああ、あの美しい赤い薔薇が描かれた万年筆ですね。ダイヤモンド公爵が初めてメトロお祖母様と逢った時に、持ち物はあの赤い薔薇が描かれた万年筆だけだったそうです。メトロお祖母様はとても大切にされていました。メトロお祖母様亡き後、私の母が形見として持っていましたが、あまりにも美しいので私が譲り受けました」
「それはこの世界に一本だけですか?」
「だと思いますよ。そう言えば……幼き頃、メトロお祖母様から『もう一本は違う場所にあるのよ』と聞いたことがありましたが、メトロお祖母様の遺品には一本しかありませんでした」
「今もメイサ妃がお持ちですか?」
「いいえ、あの万年筆はトーマスに渡しました。私は傍にいてやれないので、私の代わりだと思って大切にするように伝えました」
「トーマス王太子殿下が?」
ルリアンの脳裏に紫色の美しい光が蘇る。
この異世界に初めて来た時、ルリアンはトーマス王太子殿下のベッドの中だった。
朧気な意識の中で、夢か現実かわからぬまま、紫色の美しい光を見た気がしたからだ。
「どうしました? ルリアンさん、あの赤い薔薇が描かれた万年筆が何か?」
「あの万年筆は……。あの万年筆は……」
泥酔してバタンとテーブルに突っ伏したルリアン。ローザは呆れたように呟いた。
「アルコールに弱くて、酒癖が悪いとは。秘書としてはまだ三十点ですね。誰か、ルリアンを部屋に運んで下さいな」
ローザの言葉に、使用人より先にトーマス王太子殿下がスクッと立ち上がり、つかつかと歩み寄りルリアンを抱き上げた。
「ローザ、ルリアンが酔い潰れるほど飲ませたのか」
「いいえ、勝手に飲んで勝手に酔い潰れたのですよ。トーマス王太子殿下、ルリアンさんの部屋はエレベーターを降りて直ぐの部屋です。決して襲ってはなりませんよ」
「……っ、母の前でバカなことを。私はそんなことはしない。父もトルマリンさんもスポロンも酔っているから、致し方なくだ」
「おや、トーマス王太子殿下は大好きな赤ワインを召し上がってないのですか? これは珍しい。何か酔うと困ることでも?」
「ユートピアに合わせてジュースにしただけだ。悪いか」
ローザは赤面したトーマス王太子殿下を見つめ、笑いを堪えた。
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