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 やはりトーマス王太子殿下は王族であり、サファイア公爵の血を引く立派な方なのだと、ルリアンは改めて感じた。


 二階のテラスで、ローザが入れてくれたハーブティーを飲んでいると、メイドが皆を呼びに来た。


「皆様、ご主人様とメイサ妃が応接室でレッドローズ王国の赤ワインでもご一緒に如何ですか? と仰られていますが、どうなさいますか?」


「あら、レッドローズ王国の高級赤ワインですか? もちろん頂きます。さあ、皆さん、ルリアンさんも行きましょう」


 ローザは『待ってました』とばかりに、皆を従えて一階の応接室に向かった。


「メイサ妃、家族団欒はもうよいのですか?」


「ローザ、気を使ってくれてありがとう。お祖父様やお祖母様もトーマスに会えて喜んでいました。せっかくローザやルリアンさんに逢えたのだから、積もる話もしたいわ。レイモンドもトルマリンさんやトーマスと男だけて飲みたいそうよ。ユートピアはジュースですけどね」


 不機嫌だったトーマス王太子殿下も弟のユートピアに逢えて気持ちもほぐれ、よほど嬉しかったのかすっかり笑顔になっていた。


 やはり血の繋がりは強い。何年離れていても一瞬で時は戻る。でも血の繋がりはなくても国王陛下や、義父タルマンの愛情もルリアンには痛いほど伝わっていた。


「女性は女性同士、ルリアンさんも赤ワインは飲めるわよね?」


「メイサ妃、恐縮です。いただきます」


 メイドがグラスに赤ワインを注いでくれた。


「ローザ、これからもトーマスとルリアンさんのことを宜しくお願いしますね。国王陛下や王妃はお変わりないかしら」


「王妃は相変わらずですよ。実は、国王陛下の叔父であるドミニク殿下が王族に復帰なさいました。アラン殿下と三人の王子もご一緒です。三人の王子は青年王族、王位継承者がトーマス王太子殿下お一人では王家の存続が不安だと、議会で承認されたのです。ドミニク殿下やアラン殿下は王位継承権を放棄されていますが、三人の王子には王位継承権がつくことになりました」


「何ですって……。トーマスを私から奪っておいて、新たに王位継承者を増やすとは。あまりにも非道な……」


「実は先日トーマス王太子殿下の部屋に盗聴器が仕掛けられており、王宮内で不穏な空気もございますが、犯人は必ずや突き止めますゆえ、全てこの私にお任せ下さい。そのためトーマス王太子殿下とルリアンさんの交際は公式には非公表となっております」


「そうでしたか。ルリアンさん、ごめんなさいね。でもあなたを日陰の身にはこの私が致しません。あなたはトーマスの妃となるのですから」


「き、妃だなんて。とんでもございません。私のような身分の者が妃だなんて」


 慌てるルリアンに、メイサ妃は優しい眼差しを向ける。


「第二夫人で満足なのですか? それは私の意にもトーマスの意にも反します。マリリン王妃に意地悪をされても怯まないで下さい。国王陛下は寛大なお方。あなたがトーマスに愛想を尽かさない限り、この恋は必ず成就しますよ」


 メイサ妃に『この恋は必ず成就しますよ』と言われ、動揺したルリアンは赤ワインを一気に飲み干した。メイドは空になったグラスに赤ワインを注ぐ。


「メイサ妃……。アルコールの力を借りてお聞きします。先ほど義父を『キダニ』と呼ばれましたよね? それと『迎えに来たの?』『ローザ、本当に大丈夫なの?』とも言われました。もしや義父が『また事故をしないか?』と心配されているのではないですか? 義父は七年前の事故前の記憶は朧気で、今ではすっかり大人しくなりまるで別人のようです。私、覚えてるんです。事故前にメイサ妃やローザさんが、義父やレイモンドさんに別れを告げていたことを。まるで二人が何処かに行ってしまうような……」


「ルリアン、もう酔ったのですか? メイサ妃に失礼ですよ。なぜ突然そのようなことを? やはりあなたは……」


 ローザの眼差しに耐えられなくなり、思わしルリアンは言葉を濁した。


「すみません。酔ってます」


「ローザ、よいではありませんか。私もルリアンさんも不思議に思っているのです。トルマリンさんが別人ならば、レイモンドも別人のようです。歳を重ねると人は性格も変わるのかもしれませんし、大事故を経験し二度も昏睡状態に陥ったのですから、元通りにはならなくて当然です。生きていること自体が奇跡なのですから」


「メイサ妃、やはりレイモンドさんも別人のようなのですね」


「ルリアンさんだけに、こっそりお話しますね。実はレイモンドはトーマス誘拐事件のあと事故を起こして忽然と消えました。私も当初は信じられませんでした。トム王太子殿下と離縁したあとサファイア公爵家で暮らしていましたが、レイモンドが生きていたことを知り、再会した私達は夜逃げ同然にレッドローズ王国の王都を出て小さな田舎町で町民として密かに暮らし第二子であるユートピアを授かりました。キダニさんはホワイト王国の農村にある林檎農園で住み込みで働いていて、キダニさんの車がトラックとの接触事故をおこし、一瞬、時間が元に戻ったのです。レイモンドは町民の服から執事の服に、私も町民の服から何故か赤いドレスに変わっていたのですから。この話をしても、今のレイモンドは信じてはくれませんけどね。あのあと私達はホワイト王国へと身を隠しガイ・ストーンに騙され離ればなれになりました。キダニさんは林檎農園に向かう途中に盗賊に暴行され記憶喪失になりタルマン・トルマリンと名乗っていました。今のように……。あなたがポール・キャンデラに浚われ、記憶を取り戻したキダニさんとレイモンドは再会し、再び事故によりまた別人になってしまいました。でも私はレイモンドが生きていてくれるだけで嬉しいのです。レイモンドはレイモンドなのですから」


 (現世と似てる……? 私も事故によりこの異世界に転移した。戻るには事故を起こすしかないの? )

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