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 ルリアンはチラチラとローザとスポロンに視線を向けたが、ローザより先にメイサ妃が口を開いた。

 

「トーマス、王太子殿下とはそんなに偉いのですか。女性に『早く座れ』とは何事です。隣に座って欲しいなら、素直にそう言いなさい。ルリアンさん、トーマスのおりは大変でしょう。トーマスとのことはあの日から認めていますから大丈夫ですよ。レイモンドは七年前の事故で事件の記憶は欠落していますが、タルマンさんのことだけははっきりと覚えていますから。不思議ですよね」


 『不思議ですよね』と言ったメイサ妃が少し寂しそうに見えたルリアンだったが、メイサ妃の言葉に甘えてトーマス王太子殿下の隣に座り直した。ご満悦のトーマス王太子殿下は本当に分かり易い性格だ。


 和やかな会食、使用人を排除せず同じテーブルで食事をさせてくれる寛容なメイサ妃に、メイサ妃こそが王妃に相応しい女性だとつくづく感じた。


「トーマス、実はね。お祖父様もお祖母様も体調が悪くて、家族で話し合った結果、このままサファイア公爵家を消滅させるわけにはいかないとの結論に至ったのよ。レイモンドはサファイア公爵家に婿入りし、ユートピアもサファイア姓となることに決めました。トーマスもそうして欲しいけれど、こればかりは私達だけでは決められなくて。今はまだトーマス・ブラックオパールのままなのでしょう。あなたはサファイアとクリスタル公のどちらを選択したい?」


「そんな大事なことを急に言われても。父さんはそれでいいのか。ブラックオパールの家系が消滅するんだよ。プライドはないの?」


「トーマス、ブラックオパールの家系をなくすことは寂しいよ。でも家族で話し合って決めたんだよ。サファイア公爵家にはたくさんの使用人もいるし、たくさんの領地や建造物も所有し、国民にも信頼されている。サファイア公爵家を消滅させるわけにはいかないんだ。サファイア公爵家の一人娘であるメイサがやはり継ぐべきだと思っている。父さんは自分の両親の記憶ははっきり覚えていないんだよ。黒髪だからきっと移民だと思う。それなのにサファイア公爵様には若い頃から大変お世話になった。これからはメイサと一緒にサファイア公爵様を支え、公爵家を存続するつもりだ」


「ユートピアもそれでいいのか。名前が変わるんだよ」


「私はお祖父様もお祖母様も尊敬しています。お父様やお母様とこのサファイア公爵家を守っていきたいと思っています。お兄様が跡を継がれるなら、私はお兄様のお力になりたいと思っています。でもお兄様はやはりクリスタル公を選ばれるのですよね? パープル王国の王位継承者はお兄様しかいません。それは弟として誇らしく思います」


 トーマス王太子殿下はナイフとフォークを皿の上に置いた。


「私が悩むこともなさそうだな。もう結論が決まっているなら、口を挟むこともなさそうだ」


「トーマス、ごめんなさい。何度か国王陛下にお電話したけれど、『トーマスはもうパープル王国の王太子だ』と言われ、『メイサがサファイア公爵家に戻るならば、当然、トーマスはクリスタル公』になると断言されたから、それ以上何も言えなかったわ」


「そうか、国王陛下も了承済みなんだね。父さんがブラックオパールを捨てるなら、それは父さんの問題だから、好きにすれば。私も好きにさせてもらうよ」


 トーマス王太子殿下の無礼な態度を叱りつけたのは、メイサ妃ではなくローザだった。


「トーマス王太子殿下、久しぶりにご両親と再会されたのに、何ですかその反抗的な態度は。もうあなたは青年王族なのですよ。はしたない。スポロンさん、執事でしょう。ちゃんと王位継承者の教育をなさい」


「すみません」


 いつもとばっちりを食らうのはスポロンで、ローザには頭は上がらないようだ。


 食後、久しぶりの家族団欒を邪魔しないように、王宮の使用人はそれぞれ割り当てられたゲストルームに手荷物を持って向かった。以前はサファイア公爵邸の侍女だったローザも、今夜はゲストルームだ。


 サファイア公爵家はレッドローズ王国でも莫大な財力を持っているため、邸宅も立派で豪邸だった。ご家族のプライベートルームとは別の階にあるゲストルームはまるで高級ホテルのようだった。案内役は邸宅内を知り尽くしているローザがしてくれた。


「ローザさん、義父までゲストルームに宿泊させていただけるなんて申し訳ないです。使用人宿舎で十分ですよ」


「トルマリンさんはご主人様レイモンドとは友人のような間柄ですからね。ルリアンさんはトーマス王太子殿下の秘書ですし、これはメイサ妃のご配慮です。私もスポロンさんもゲストルームに宿泊させていただけるなんて、メイサ妃のお気遣いに感謝しましょう。しかも個室ですよ。荷物を部屋に置いたら、テラスで私達もお茶でもしましょう。それともお酒がいいかしらね」


 ローザはサファイア公爵邸に久しぶりに戻り、よほど嬉しかったのかいつもよりも気持ちが高揚している。タルマンはゲストルームに宿泊できることに、完全に舞い上がっている。


「お酒ですか? いいですね。ローザさん、スポロンさん、今夜は無礼講で飲み明かしましょう」


「義父さん調子に乗らないで。明日の運転に差し支えることはやめて下さい」


「わかってるよ。口煩い娘と一緒だと楽しい雰囲気もぶち壊しだな」


「こんなに素敵な娘さんがいるタルマンさんは幸せ者ですよ」


「そうですかね?」


 タルマンはローザの言葉に嬉しそうに微笑んだ。 


 二階のエレベーターの前に位置する部屋はローザ、その隣室がルリアン。その隣室はタルマン、スポロンと公用車の運転手、部屋は皆に割り当てられ、護衛車の警察官はサファイア公爵邸の庭に建築された警備員用の宿舎を仮眠室として与えられ、交代でトーマス王太子殿下が宿泊されるサファイア公爵邸の警備にあたる。

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