【4】危険な誘惑

27

 ―秘書室に配属されて二週間以上が経過―


 ルリアンはやっと全ての過程を終了し、秘書研修は終わり、トーマス王太子殿下のもとで実習期間となった。ローザは国王陛下の秘書を兼務しながら秘書室長として、新人秘書研修も行っている。


「ルリアンさん、よく頑張りましたね。本来ならば第一秘書の下で実習するのですが、ご存知の通りトーマス王太子殿下の秘書はスポロンさんが執事と兼務しておりますので、今後はスポロンさんの下で秘書実習を行って下さい」


 (スポロンさんの下で秘書実習とは。トーマス王太子殿下に甘々だから、先が思いやられるな。)


「ローザさん、これは私の単なる思い込みかもしれませんが、実は国王陛下に御挨拶に伺った日に秘書室にトータス王子がお越しになりました」


「まあ、どうして黙っていたの? 何故、トータス王子がこちらに?」


「トータス王子はルル・アクアマロンから私のことを聞き逢いに来たと仰いましたが、あのルル・アクアマロンが個人情報を話すとは思えなくて、なかなか言い出せませんでした」


「そうですか。トータス王子がわざわざルリアンさんに逢いに来るとは。アクアマロンさんは例えトータス王子でも個人情報を話すことはありません。きっとトーマス王太子殿下の秘書がどんな人物か偵察に来たのでしょう」


「やはりそうですよね。やたらと私とトーマス王太子殿下の黒髪について話されてました。それと気になったことがひとつ。これは私の思い過ごしかもしれませんが、あの日、ローザさんと私が国王陛下に御挨拶に伺ったことも、トーマス王太子殿下の応接室に伺ったこともご存知でした。もしかしたら、こちらの動向をドミニク殿下一族に教えている内通者がいるのかもしれません」


「こちらの動向をドミニク殿下一族に教えている内通者ですか。それよりもあの日国王陛下の御挨拶が終わったあと、すぐに秘書室に戻るように言いましたよね。トーマス王太子殿下の応接室に立ち寄ったのですか? 呆れてものも言えませんね。お尻ペンペンの刑です。でも私ですら知らないことをトータス王子が知っていたとは。やはり不可解ですね。他には何か?」


「それと、『私は今は王位継承順位は第二位ですが、いずれ覆る日がくるかもしれません。その時は私がルリアンさんを第二秘書に任命しましょう。楽しみです』と申されました」


「なるほど。王位継承順位を覆すと。内通者の件は私が調べます。ルリアンさんはトーマス王太子殿下の言いなりにはならないように。イチャイチャしていると、トータス王子の配下が寝首を掻くやもしれませんよ」


「それって……暗殺!!」


「図体ばかり立派になられ、いつまでも甘ったれの王太子殿下ですからね。ルリアンさん、他に私に隠していることはありませんか?」


「他に……ですか? 別に……」


 ルリアンの脳裏には現世のことが浮かんだが、ローザにはやはり言えなかった。


「ルリアンさんが言いたくないのなら、無理には問い詰めません。私は以前にも申しましたよね。困りごとがあれば相談にのると。それだけは覚えていて下さいね。では、配属先に行って下さい」


「ローザさん、本当にありがとうございました。ローザさんの教えを心して精進する所存です」


 ローザはクスリと笑って、ルリアンを抱き締めてくれた。とても心があたたまる優しいハグだった。


 ―トーマス王太子殿下・応接室―


 スポロンに連れられ、ルリアンは応接室に入る。トーマス王太子殿下とは久し振りの再会だ。トータス王子側の内通者がいるのではないかと疑心暗鬼となり、ここに来ることができなかった。


 トーマス王太子殿下からは毎日のように、使用人宿舎に電話はあったが、敢えて居留守を使った。


「トーマス王太子殿下、本日より私の下で秘書実習となるルリアン・トルマリンです。一応、形式的にご紹介しておきます。ローザさんからは、トータス王子の内通者が潜んでいるかもしれないため、羽目は外さないようにと重々言われておりますので、居室内では王太子殿下と秘書として節度を守って下さい」


「スポロン、私はルリアンに数日も無視されたのだ。節度を守れとは、私に死ねと言ってるようなもの。死んでもよいのか? あっそうか、居室外ならよいのか?」


 (トーマス王太子殿下はスポロンを困らせて楽しんでいる。『図体ばかり立派になられ、いつまでも甘ったれの王太子殿下ですからね』と言ったローザは正しい。ほんと悪趣味なんだから。)


「トーマス王太子殿下、スポロンさんを困らせないで下さい。無視していたのではなく、職務を全うしていただけです。早速ですが、スポロンさん、私は何をすれば宜しいですか? 今週のトーマス王太子殿下のご公務はどうなっていますか? スケジュール表を見せていただけませんか? スケジュール管理を致します」


「ルリアン、何を向きになってるんだ。そんなに矢継ぎ早に聞いたらスポロンも困っているだろう。私の今週のスケジュールは白紙だ。公務は入れていない。何故なら、秘書なのに数日私の電話にもでなかった罰として、私と密な時間を共有してもらう」


「あのね、トーマス王太子殿下。先ほど内通者の話をしましたよね? スポロンさんも何か言って下さいよ」

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