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「本当にそう思ってますか? 私なんて完全に落ちこぼれだわ。頼みの綱だったルル・アクアマロンはトータス王子の秘書に任命されたそうよ」


「ルル・アクアマロンって食堂にいた元メイドの? 確かに彼女は優秀だね」


「私の落ち度でトーマス王太子殿下の信用までガタ落ちになったらどうしよう。トータス王子は王位継承順位第二位なんだからね。それにドミニク殿下はトーマス王太子殿下の黒髪を快く思っていない。出生の秘密を知られたら……」


「疑われていることはわかってるよ。それは国王陛下のご意向で公表していないが真実だから仕方がない。私は王位継承に執着はしていない。寧ろルリアンと自由に暮らしたい。でもドミニク殿下一族が国王陛下の立場や国民の生活を脅かすようなことをしたら許さない。だが三人の王子がみんなドミニク殿下やアラン殿下みたいに強欲とは限らないからね。私より三人の王子の誰かが王位継承した方がパープル王国は安泰かもな」


「それ本気で言ってる? 国王陛下は私達のことも全てご存知なのよ。『トーマスとそなたの愛が本物であるならば、二人の力で国民を納得させ祝福される関係を築くように』と、私にそう仰って下さったわ」


「国王陛下に私達のことが知れているのか?  それは気付かなかったな。私には何も仰らないから」


「私が国民から愛されるお妃になれるとは思えない。でも私が頑張らないとルリアンが幸せを掴めない。ルリアンが幸せを掴めないと私も幸せを掴めない」


 異世界と現世の時系列のことを考え、混乱しているルリアンに、トーマス王太子殿下は首を傾げる。


「ルリアン、どうしたんだよ? まるで人ごとみたいだ。ルリアンが二人存在しているみたいだな」


「い、いえ、そんなつもりじゃなくて。とにかく、私はアニー・アントワネットやルル・アクアマロンに負けないくらい立派な秘書にならないといけないの。だから、トーマス王太子とイチャイチャしてる暇はないの。ごめんなさい、トーマス王太子殿下、私、秘書室に戻ります。失礼します」


 ルリアンは納得がいかない様子のトーマス王太子殿下を部屋に残し、一人で応接室を飛び出す。


「ルリアンさん、もう御用はおすみですか?」


「スポロンさん、このような気遣いは無用です。母に対する気遣いも無用です。では失礼します」


「お母さん……? はて? 無用ですか?」


 ルリアンは使用人専用エレベーターに乗り込み一階の秘書室に戻った。ドアを開けるとそこには一人の男性が立っていた。シルバーの髪色で整った顔立ちをしていた。


「トータス王子、おはようございます。私は秘書研修中のルリアン・トルマリンです。あの……こちらは国王陛下ご一族の秘書室です。ドミニク殿下ご一族の秘書はすでに別宅の秘書室に異動されましたが……」


「あなたがルリアン・トルマリンさんですか。パープル王国には珍しい美しい黒髪ですね。トーマス王太子殿下と同じだ。私の秘書ルル・アクアマロンがこちらにも優秀で美しい黒髪の秘書がいると話していたので、一度逢ってみたくなりましてね。噂通り、神秘的で絶世の美女ですね。我が一族の秘書になって欲しいくらいです」


「わ、私がですか!? 私はまだ研修中でルル・アクアマロンさんのように優秀でも絶世の美女でもございません」


「そうですか? それなのに何故王位継承順位第一位のトーマス王太子殿下の秘書に任命されるのでしょうか。ベテランの秘書がこちらにもまだ多数いるのに。不思議ですね。あなたは国王陛下にもトーマス王太子殿下にも秘書室長にも期待されているようです。私は王位継承順位は第二位ですが、いずれ覆る日がくるかもしれません。その時は私がルリアンさんを第二秘書に任命しましょう。楽しみです」


「王位継承順位が覆される? 何故そのようなことを……?」


「詳細は申せませんが、以後、お見知りおきを」


 トータス王子はルリアンに近づき、左右の頬にキスをした。これはこの国の挨拶に過ぎないが、王子が秘書にする行為ではないため、ルリアンは動揺して固まっている。


「それでは、ルリアン・トルマリンさん、研修頑張って下さいね。では失礼します」


 ルリアンは我に返り、トータス王子に深々と頭を垂れた。


「はい。失礼致します」


 ドアが閉まったと同時に、ヘナヘナと椅子にへたり込む。


 (あのルル・アクアマロンが『こちらにも優秀で美しい黒髪の秘書がいる』と話したなんて信じられない。ルルは元メイドだ。メイドも秘書同様個人情報をペラペラと話したりはしない。しかも『あなたは国王陛下にもトーマス王太子殿下にも秘書室長にも期待されているようです』とは……。今朝私が室長と国王陛下の応接室に行ったことや、そのあとトーマス王太子殿下の応接室に行ったことをまるで見ていたかのようだった。実際にトータス王子が見ているはずはない。だとしたら、こちらの動向をドミニク殿下一族に教えている内通者がいる……?)


「一体、誰が……」


 ルリアンはトータス王子の言葉を思い出し、背筋がゾクリとした。

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