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「私はメイサ妃を裏切り、お付きのメイドを正式にお妃に迎えた。マリリンは一般人であり元メイドだ。家柄も血筋も移民であろうがなかろうが、そんなことは婚姻に関係ないと思っている。七年前、マリリンがトーマスとピンクダイヤモンド公爵令嬢との婚約を整えていたが、それも破談にした。今後もマリリンがトーマスに無理難題を押し付けるやも知れぬが、義理とはいえ我が子同様にトーマスを愛するがゆえのこと。トーマスとそなたの愛が本物であるならば、二人の力で国民を納得させ祝福される関係を築くように」


「国王陛下、勿体ないお言葉。心にしかと受け止め、先ずはトーマス王太子殿下のお力になれるように秘書の仕事に精進致します」

 

「宜しく頼む。王位継承第二位はアラン殿下の嫡男トータス王子だ。秘書はルル・アクアマロンが任命されたそうだ。新人であるにも拘わらず、ベテラン秘書を差し置いて任命されるとは、彼女はかなり優秀らしい。ルリアン・トルマリン、トーマスを宜しく頼みます。私はローザと少し込み入った話があるため退室するように。ご苦労であった」


「はい。国王陛下、面談ありがとうございました。失礼致します」


「ルリアン、秘書室で礼儀作法やマナーの勉強をなさい」


「はい。室長、お先に失礼します」


 ルリアンはローザより一足先に国王陛下の応接室を出て、警備員に会釈して使用人専用エレベーターに向かった。


 まだ秘書研修の最中に、国王陛下との面談や王室の内情を聞くことは、とても荷が重かった。トーマス王太子殿下もルリアンも国王陛下やマリリン王妃には秘密の恋を貫くつもりだったが、秘密どころか全部バレている。


 使用人専用エレベーターのドアが開き、そこにはトーマス王太子殿下が乗っていた。ルリアンは驚きのあまり声をあげそうになったが、警備員の視線が気になり何事もない顔でエレベーターに乗り込んだ。


「なにやってるの? 王太子殿下が使用人専用エレベーターに乗るなんて。使用人と鉢合わせたら腰を抜かすわ」


「だったら王族や来賓専用エレベーターに乗る? ルリアンは私の秘書だから、私と一緒の時はあちらのエレベーターに乗れるんだよ」


「それはまだローザさんから許可されていません。どうして使用人専用エレベーターに? 悪戯ですか? 使用人にドッキリとか? バラエティ番組じゃないんだから」


「ドッキリってなに? バラエティ番組ってなに? それって国民の間で流行ってるのか? 私はルリアンがローザと国王陛下の応接室に挨拶に行ったと聞いたから、私も同席しようと思ってね。でも案外早く終わったんだね」


「そんなこと誰から聞いたのよ。わかった、スポロンさんね。もしもローザさんが一緒だったらどうするの? またお説教だわ」


「ローザはいなかった。使用人もいない。私の読み通りだ。ルリアン、私の部屋に寄ってくれ」


「ダメです。私は秘書室に戻って学ぶことがたくさんあるの。室長命令なんだからね」


「国王陛下に何を言われたか知りたいんだ。いいだろう」


 使用人専用エレベーターはトーマス王太子殿下の部屋がある三階で止まる。


「五分だけですよ」


「五分だけか……。キスしかできないな」


「もう、バカなことばかり言わないで」


 エレベーターを降りると、スポロンが二人を出迎え、無言で応接室のドアを開いた。部屋の周辺には警備員もいた。


 (執事もトーマス王太子殿下の共犯だな。ローザさんにお尻を叩かれるべきだわ。)


「おはようございます。ベネシスさん、コクーンさん、私は秘書研修中のルリアン・トルマリンです。研修後はトーマス王太子殿下の秘書として働かせていただくことになります。宜しくお願いします」


 突然自己紹介をしたルリアンに、警備員は二人とも驚いていたが、ルリアンの自己紹介に応えてくれた。


「おはようございます。私はゴーン・ベネシスです。こちらはガルシア・コクーンです。警備員は防犯面から交替制になっています。以後、宜しくお願いします」


 スポロンもトーマス王太子殿下も、ルリアンが警備員の氏名と顔を覚えていたことに驚きを隠せない。


 ルリアンは二人に深々とお辞儀をして、トーマス王太子殿下の応接室に入ると、スポロンの手で直ぐさまドアは閉まった。


 それを待ち構えていたように、トーマス王太子殿下はルリアンを優しく抱き締めキスをした。身も心もとろけそうになりながらも、ルリアンは理性を保つ。


「それで国王陛下の話とは?」


「国王陛下のお話はドミニク殿下一族のことです。別宅の王宮に秘書室や執事室を設けられ、こちらから秘書も五名異動しました。トーマス王太子殿下が解任したアニー・アントワネットの提案で優秀な秘書ばかり引き抜かれたようです」


「やはりそうか。その話なら国王陛下から聞いているよ。私はルリアンさえいればいいけどな」


 トーマス王太子殿下は再びルリアンにキスを落とした。

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