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「私はトーマス王太子殿下の執事兼秘書です。トーマス王太子殿下は帰国直後から公務でお忙しい日々を過ごされていたので、少し休暇をと思いまして三日間はスケジュールは入れておりません。完全にオフです」


「オフ……。スポロンさん、それって秘書は必要ないですよね」


「ルリアンさん、それは違いますよ。オフでも執事と秘書は王太子殿下に常に同行します。外出される時は護衛もつきます。王位継承順位第一位ですからね」


「そうなんですね。わかりました。それではトーマス王太子殿下、三日間の休暇のスケジュールを教えて下さい」


「そうだなあ。一日目はレッドローズ王国のサファイア公爵邸に行き両親や弟に逢いたいと思っている。出来れば一泊して二日目はレッドローズ王国の名所をルリアンと一緒に周りたい。三日目は一日中私の部屋でルリアンとまったり過ごしたい。と、いうことでスポロン、車の手配を頼む。汽車やプライベートジェットでは目立つからね。マリリン王妃は私が両親に逢うことは許可したくないだろうから極秘で出立したい」


「畏まりました。ですが、七年前のように極秘でお連れするわけにはいきません。今は青年王族、トーマス王太子殿下なのですから、国王陛下の許可をいただかないと外出はできません」


「そうか。公用車ではつまらないな。極秘でルリアンとデートしたかったのに」


 (極秘で私とデート!? トーマス王太子殿下は内通者がいるということや、もしかしたら命を狙われているかもしれないってことをわかってるの?)


「トーマス王太子殿下、私は秘書として同行するだけで、デートではありませんし、三日目のスケジュールですが、『一日中私の部屋でルリアンとまったり過ごしたい』というのは、却下致します」


「却下?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているトーマス王太子殿下。強面のスポロンが笑いをこらえている。


「スポロン、新人秘書は実習期間中だ。王太子殿下の決定は確定だと教育しろ」


「トーマス王太子殿下、教育しろと申されても、ルリアンさんの方が正論ですから。先ずは、国王陛下の許可を取って参ります。公務ではなくお忍びだとしてもやはり護衛は必要です。本来ならばそれは秘書の仕事ですが、お付き合いをされているルリアンさんが国王陛下に申し出るのは、誤解を生みかねませんので。では、失礼します」


 スポロンが退室すると直ぐさまトーマス王太子殿下はルリアンに抱き着いた。数日ぶりのハグにルリアンも嬉しい気持ちはあったが、そこは冷静を保つ。


「トーマス王太子殿下、離していただけますか? 秘書にこんなことをするのはセクハラですよ」


「セクハラとは何だ? ずっと我慢したんだ。やっと逢えたんだよ。ハグくらいいいだろう」


「子供ですか。私をおいて勝手に留学して、カレッジスクール卒業まで、何年も私を放っていたくせに。たった数日間でしょう」


「その間、毎日のように国際電話していたし。長期休暇には帰国していたし。ルリアンは私の電話にも出なかった」


「だから、私は秘書として認められるまで一線引きたいの。トーマス王太子殿下のスキャンダルにはなりたくないから」


「恋人同士が抱き合ったくらいでスキャンダルになるのか。誰も見てないのに」


「誰も見てない……」


 (ルリアンは一瞬ハッとした。現世では盗撮用のカメラとか、盗聴器とか、内通者が部屋に仕掛けている可能性があるからだ。でもここは異世界……。だけど現実世界ではないゲームの世界。そのゲームの原作者は三田様の再婚相手の美波さん。ペンネームはマリリンだ。)


「マリリン!?」


「どうした? いきなり王妃を呼び捨てか?」


 ルリアンはトーマス王太子殿下の口を押さえ、手帳にスラスラと書き綴った。


【いえ、マリリン王妃ならこの部屋にも入れるし、盗撮用カメラを仕込むことも、盗聴器を仕込むことも可能です。】


【盗撮用カメラ? 盗聴器? なにそれ? 防犯カメラなら最近王宮内外に複数設置したけど。】


【防犯カメラ? そんなものが王宮内に? それよ。この部屋の外にも防犯カメラが?】


【マリリン王妃が異国から最新技術を取り入れたそうだ。ドミニク殿下一族が王族に戻られたことを機に、王宮内のエントランスや廊下に設置されている。居室内には設置してないから大丈夫だよ。プライバシーは保護されているからね。】


 トーマス王太子殿下はスリスリと擦り寄る。


【それだわ。その防犯カメラを観れば誰がいつどの部屋に入ったかわかるし、強盗や不法侵入者は特定できる。トーマス王太子殿下の部屋に出入りした私もね。】


【ルリアンは秘書だから、防犯カメラに撮られても関係ないし。】


【もしもこの部屋のどこかにも、カメラが隠されていたら?】


【バカだな。プライバシーは保護されていると言っただろう。】


【本当にそうかしら。トーマス王太子殿下、この部屋で私に触れないで下さい。万が一どこかにカメラが隠されていたら、気味悪いわ。】


【そんなに心配なら、あとでスポロンに調べさせるよ。そんなに私の行動が見張られているなら、やはり公用車ではなくプライバシーの守れる車がいいな。そうだ、ルリアンのお義父さんは個人タクシーだよね? ルリアンのお義父さんに頼むとしよう。】


【義父さんに!? 防犯カメラより危険です。プライバシー守れません。】


 (義父さんに頼むなんて大反対。でも、レイモンドさんに再会したら、本当は七年前のように記憶喪失なのか、それとも本物のタルマン・トルマリンなのか判明する。)

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