91

 【現世・二千四十一年】


 退院した木谷と亜子を祝って、中西家は互いの家族だけで食事会をした。他にメイドはいるが、キッチンでは同じく今日退院したばかりの田中ローザが仕切っていた。


 田中ローザは元々は美梨の母の秘書兼美梨の教育係だったため高齢だが、退院してから若いメイドに負けないくらいテキパキと動いている。


 ワイワイと盛り上がっている木谷や修とは異なり、亜子はどこか浮かない顔だった。


「亜子さん、まだ体調悪いの? 無理しなくていいわよ。退院したばかりだし少し横になれば?」


「……いえ、大丈夫です。ねえ母さん。私、二ヶ月以上昏睡状態だったんだよね? 三田銀行解雇されてない?」


「大丈夫よ。事故で療養中になってるから。体調が万全になれば、仕事に復帰できるはずよ。あなたが入院している時も、毎日昂幸さんが仕事終わりにお見舞いに来て下さったのよ。お忙しいのに毎日欠かさずね」


「昂幸さんが……。私、もう嫌われたかと思ってた」


 修が不安そうな亜子を見て声をかけた。


「私や木谷さんは最長で七年も異世界に行っていたんだ。でも、こんなにピンピンしてるし、家族の愛情は変わらない。まさか亜子さんまで異世界に転移するなんて想像もしていなくて、寂しくて心細かったよね。もう大丈夫だからね」


「たった数ヶ月の間に、秋山さんは中西姓になり、昂幸さんは三田姓になり、昂幸さんの叔父さんが収賄容疑で逮捕されたり、色々なことがありすぎて頭の中がパニックです。しかもみんなそっくりだったし」


「わかるよ、亜子さん。でもよく思い出して。異世界で起きていたことが現世でも起きていたと思えば、少しは気持ちも落ち着くだろう。なぜなら、ゲームの原作者は探偵を使って私達の家族のことを調べあげたり、自分の身内に起きたことを参考にプロットを作り、原作を書いていたんだから。異世界と現世の時系列が似ているのは当たり前なんだ。だから登場人物の容姿もそっくりなんだよ」


 修の説明に、料理を運んできた田中が「なるほどねえ。ふむふむ」と呟いた。


「田中さん、こんな話は信じられないよね。転移や転生とか、バカバカしいと思うだろう。これはここだけの話にして欲しい。他言無用だよ」


「畏まりました。ご主人様、他言無用ですね。私は口が堅いので大丈夫です。亜子様のお母様は貝のようにパカッと口が軽いのでご注意ください」


 亜也子は田中に名指しされ慌てている。


「うわ、わ、気をつけます。でもどうして私が口が軽いと知っているんですか?」


「何となくですよ。でも本当に皆さんそっくりで、驚きですよねえ。ほほほっ」


「田中さんもまさか乙女ゲームされるんですか?」


「乙女ゲーム? 乙女ゲームでしたか。なるほどねえ。乙女でなくても乙女ゲームに登場できるんですね」


 亜子は田中の言葉に笑みを浮かべた。


「田中さんって面白い方だったんですね。田中さんと話していると何故か心が落ち着きます。どうしてだろう……。わかった、似てるからです。乙女ゲームのローザさんに口調もそっくりです」


「おやまあ。この私がですか? 亜子様にそう言われたら光栄でございます。本日退院されたばかり、少し客室でおやすみになりますか?」


 木谷も亜子の体調を心配し、田中の言葉に同調した。


「そうだな。お言葉に甘えて、昂幸さんが帰宅されるまで、亜子は休ませてもらいなさい。体調が戻ったら、来週にでも私の母の墓参りに行こう。あの万年筆を母に返さないとな」


「はい。私も一緒に行きます。皆様、疲れたので少し休ませてもらいますね」


 美梨が田中に指示をする。田中は両親の代から中西家で住み込みで働いているため、美梨よりもこの家のことは詳しい。


「田中さん、亜子さんを客室までご案内して下さい」


「客室ですね。えっと……奥様、客室はどこでしたっけ?」


「えっ? 忘れたの? 田中さんも少し休んだ方がいいのでは? 客室は一階の中庭に面した突きあたりの部屋です。田中さんも今日退院したばかり、ここは他のメイドに任せて自分の部屋で休んで下さい」


「中庭に面した突きあたりのお部屋ですね。畏まりました。私は昂幸様が帰宅されるまでお待ちしています。是非お目にかかりたいので」


「そうですか? それならもう家事はいいから。亜子さんを客室に案内したらここに座って下さい。田中さんも退院祝いよ。一緒に食べましょう」


「奥様も使用人にお優しいお方なのですね。では、亜子様、客室に参りましょう」


「はい。では少し休ませていただきます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る