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 ◇◇


 【異世界・回想】


「キダニさん、思い出しましたか」


「ここは何処ですか!? 私の妻は……!?   秋山さんは!? 美梨さんや子供達は!?」


 トルマリンの異変にトーマス王太子殿下は戸惑いを隠せない。トルマリンが自分の知らない名前を叫んでいたからだ。


「あなたは十七年前、異国からこの世界に来たのです。五年間滞在し、トーマス王子誘拐事件で事故により元の世界に戻り、五年後再びこの世界に戻りました。あなたがどうして異国とこの世界を行き来できるのか、私にはわかりませんが、スポロンがトーマス王子とメイサ妃をお迎えに行く前に、キダニさんはご主人様レイモンドの指示でホワイト王国の林檎農園に逃げましたが、その途中に盗賊に襲われ記憶をなくし、ナターリアさんに助けられ、ナターリアさんの元夫タルマン・トルマリンとして生きてきたのです。いえ、もしかしたらこの世界であなたはタルマン・トルマリンだったのかもしれませんが、現世の記憶が強すぎてタダシ・キダニと名乗っていたのかもしれませんね」


「私はこの世界ではタルマン・トルマリン。それならばナターリアとルリアンは私の妻子。でも私はキダニで現世には妻とその連れ子が……」


 トーマス王太子殿下は何の話かさっぱりわからなかったが、トルマリンがあの時の『おじちゃん』だったことだけはハッキリとわかった。


「やっぱりトルマリンさんが『おじちゃん』だったのですね」


「トーマス王太子殿下……。あの時の王子がなんと立派になられたことか。今までの私は過去の記憶をなくし、ご無礼の数々をお許し下さい」


「記憶がなかったんだ。それは仕方ないです。それより異国とか現世とかどういう意味ですか? トルマリンさんの本名はタダシ・キダニなのですか? だとしたらルリアンは……?」


「こんな話をトーマス王太子殿下やローザさんに話してもきっと理解されないでしょう。私はトーマス王太子殿下の実父であるレイモンドさんと異国から転移して参りました。私にもレイモンドさんにも現世では別の名前があり、この世界と同じように妻子もいます。この世界と現世はとても時系列が似ています。私の記憶が戻った以上、ルリアンを救出後は私とレイモンドさんは現世に戻らなければいけません。でも心配しないで下さい。私達の魂は現世に戻りますが、トルマリンもレイモンドもこの世界から消えることはありません」


「転移とか魂が現世に戻るとか、幽霊みたいなことを言ってもわからないよ」


 ◇◇


 ―トルマリン邸―


「あの時は『転移とか魂が現世に戻るとか』全く理解できなかった。でも……今ならあの言葉の意味がわかる気がする。ルリアンはトルマリンさんと現世とやらに戻ったんだよね。この私が本当のルリアンを必ず目覚めさせるよ。ルリアンと約束したんだから」


 トーマス王太子殿下はアクアマロンに命じて、ルリアンにメイサ妃の赤いドレスを着せた。そして美しい足に赤いハイヒールを履かせた。


「お姫様、もうすぐ一ヶ月だよ。そろそろ起きてくれないか?」


 最後の夜、ルリアンはトーマス王太子殿下にこう話した。


 ――『このまま午前零時にならなければいいのに……。ルリアンがどこにいても必ず捜してね』


 ――『まるで童話のお姫様みたいだな。ルリアンの引っ越し先は王都だよ』


 ――『わかってる。でもルリアンがどこにいても必ず捜してね。婚約発表までメイサ妃から頂いた赤いドレスと赤いハイヒールはトーマスに預けるわ』


 ――『わかった。母のハイヒールを持って捜しに行くよ。それがガラスの靴の代わりだ』


 あの夜、ルリアンは『私』ではなく自分を『ルリアン』と呼び、トーマス王太子殿下は微かな違和感を抱いた。


 トーマス王太子殿下は眠っているルリアンを抱き締めてキスをした。


「まさか君から私の傍に戻って来てくれたとはね。ルリアン……愛してる」


 トーマス王太子殿下の耳元で微かに声がした。


「……私も……愛してる」


「ルリアン……!? 先生! 先生! 来て下さい!」


 医師と看護師が寝室に入ると、隣のベッドで眠り続けていたタルマンが、獣のように「うおおーー……」と雄叫びを上げて飛び起きた。

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