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「論点はそこじゃないわ。さっき義父さんは私にこう言った。『転移に失敗したら、この異世界に転生してでも亜子を救うつもりだった』と……。義父さんのお母さんは事故で亡くなられたのよね? 棺に愛用の万年筆も納棺した。もしかしたら……木谷正子さんはこの異世界に転生したのかもしれない。そしてメトロ・ダイヤモンドとして生涯を終えられたとしたら辻褄は合う。だからこの万年筆のことをメイサ妃は、移民でも公爵夫人になったメトロお祖母様を慕われ、『これは幸運をもたらす万年筆』だと仰られた」
「母さんが……この異世界で転生? まさか、しかも転生で娘に若返ったと? あはははっ、それはナイナイ。転生なんてあり得ないよ。小説やゲームだけだよ」
バカ笑いしているタルマンにルリアンは自分の思いをぶつける。
「この異世界はゲームだわ。十分あり得るでしょう。もしもそうだとしたら謎は解ける。この異世界にある『赤い薔薇が描かれた万年筆』と現世にある『赤い薔薇が描かれた万年筆』が、義父さんや秋山さんや私までをも、何度もこの異世界と現世を行き来させていたに違いない。きっと木谷正子さんが義父さんを導いたのよ」
ルリアンの仮説に確信はなかったが、ルリアンにはそうだとしか思えなかった。その不思議な万年筆はゲームの原作者が作中に取り入れたのだとしても、メトロ・ダイヤモンド公爵夫人からメリー・サファイア公爵夫人の手に渡り、一人娘のメイサ妃からトーマス王太子殿下の手に渡った。ルリアンはこの万年筆に自分もこの異世界に導かれたのだと思った。
「その万年筆をメトロ・ダイヤモンド公爵夫人のお墓に収めたら、もう現世からこちらの世界に誰も来れなくなるかもしれないわ」
「亜子の話が本当なら、試してみる価値はあるし、義父さんはメトロ・ダイヤモンド公爵夫人の写真を是非見てみたい」
「わかった。トーマス王太子殿下にはまだ話せないから、ローザさんに頼んでみるね。ローザさんは義父さんや秋山さんが何度も異世界と現世を転移したことを唯一覚えている人だし、レッドローズ王国のサファイア公爵邸で『私は以前、不思議な体験をした殿方を二人知っております。もしもあなたがルリアンさんではなく、アコさんであるなら、私にも何か力になれるかもしれません』って言って下さったの。『キダニ』という名前も覚えていてくれた」
「ローザさんかあ。懐かしいなあ。あの人ならきっと私達の力になってくれるはずだ」
「でも義父さん、私は直ぐには現世には戻れない。少し時間をちょうだい」
「わかったよ。亜子が無事だとわかり義父さんも何だか急に元気が出てきたよ。タルマン自身の記憶はないが、この異世界に転移していた時の出来事や記憶はハッキリ思い出した。亜子とトーマス王太子殿下に協力するよ」
「ありがとう。でも本当のタルマン・トルマリンは義父さんよりも良識ある人だし、『あはははっ』なんて馬鹿笑いしないし、現世の諺なんて使わないんだから、気をつけてよね。それと……ナターリアさんとはラブラブなんだし。現世の母さんには秘密にしてあげるから、ほどほどのスキンシップなら認めてあげる」
「ほどほどのスキンシップ? 例えばタルマン・トルマリンはナターリアさんとどんなスキンシップを? どこまでならオーケー?」
(どこまでなら?)
ルリアンは急に真っ赤になった。
「そんなこと自分で考えなさい。とりあえず、一緒に宿舎に帰りましょう」
「そうだな。ところで私の仕事はこの異世界でも個人タクシーの運転手なのか?」
「そうよ。殆ど収入のないタクシー運転手。先日のレッドローズ王国と、今日の依頼はスポロンさんが秘密保持のために、義父さんを特例で雇っただけだから。王宮専属運転手ではありませんからね」
「わかった。秘密保持か、任せろ」
ルリアンはタルマンの言葉に『全然説得力はない』と思いながらも、この異世界に突如現れた義父木谷正が救世主に思えた。
◇
郊外のドライブインをタルマンと出発したルリアンは、王宮のある王都に戻る途中に車中で金髪のウイッグをはずした。金髪のまま使用人宿舎に戻るわけにはいかないからだ。ルームミラー越しに黒髪のルリアンを見たタルマンは嬉しそうに頬を緩めた。
「亜子だ……」
「違うわ、私はルリアンよ。いい、義父さん、ポロッと間違えるから、亜子と呼ぶのは今後禁止ね。わかった?」
「二人きりでもダメか?」
「ダメです。義父さんは演技出来ないんだから。私はルリアンよ」
「亜子は名女優になれるなあ」
「だから、ルリアンだってば。いい加減に学習して」
「はいはい。私も名男優になるよ」
「名男優? ああ、不安しかない」
ルリアンはタクシーの後部座席でため息を吐いた。
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