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「昏睡状態の亜子を見て、もしかしたらと思い、秋山さんや美梨さんと乙女ゲームのアプリをインストールしたら、新シリーズが始まっていたんだ。その時、秋山さんも義父さんも同じことを考えていた。もしかしたら亜子はこの異世界に入ってしまったのではないかと。だけど、なぜ義父さんではなく亜子なのか、正直わからなかった。昂坊の気持ちを考えたら申し訳ない気持ちでいっぱいになった。新シリーズはまだ続いている。義父さんは母さんにあの不思議な体験を全部話したんだ。もしも亜子が異世界に転移したなら、きっと一人では戻れない。だから、義父さんに亜子を迎えに行かせて欲しいと」
タルマン《木谷》の言葉にルリアン《亜子》は驚きを隠せない。
「バカじゃないの? 私は実の娘でもないのに、危険をおかしてわざと事故を起こして迎えに来てくれたの? 万が一、転移に失敗したら死んでしまったかもしれないのに」
「亜子は私の娘だよ。血の繋がりははなくても、私と母さんの大事な娘だ。もちろん実父の滝川さんも心配している。転移に失敗したら、この異世界に転生してでも亜子を救うつもりだった。亜子、今すぐ帰ろう。義父さんと事故を起こしたらきっと現世に帰れるはずだ」
「……今すぐ。待って、それは出来ない。私は今ルリアン・トルマリンなのよ。トーマス王太子殿下の前から突然消えるわけにはいかない。ナターリアさんだって、いきなりタルマンとルリアンが消えて昏睡状態に陥ったら、一人ぼっちで絶望するわ。『昏睡状態に陥っても必ずどこかの病院で生きている』と、別れる前に話してあげないと。可哀想すぎる」
「亜子、まさかお前トーマス王太子殿下のことを? 昂坊よりも……」
「違うわ。トーマス王太子殿下と昂幸はそっくりだけど別人格よ。でもトーマス王太子殿下はルリアンを本当に愛してる。だから、二人の恋を成就させてから私はこの世界から消えたい。私の魂が消えても、ルリアンはこの世界に存在するんだから。そうでないとトーマス王太子殿下は政略結婚させられるか、ドミニク一族に王位を奪われる」
「ドミニク一族とは? この世界でもう亜子はルリアンとして生きているんだな」
「義父さんだってそうでしょう。今まで何度もタルマンとして生きてきた。ナターリアさんも現世の母さんもそっくりだけど別人格よ。でも愛してるでしょう」
「それはそうだが、それまで亜子はルリアンを演じ続けるのか?」
「今、王室は大変な時期なの。だから、このまま消えるわけにはいかないの」
「昂坊も三田様のところで色々あるみたいだよ。大企業は親族同士で醜いトップ争いをする。この世界のストーリーを書いているのは、三田様の再婚相手なんだよ。その人は秋山さんの元恋人だったんだ。三田様の奥様は昂坊に政略結婚をさせようとしている。ほら、あの時カフェで逢った女性だ」
「同じだわ! 国王陛下の王妃はメイサ妃の元メイドでレイモンドさんの元恋人のマリリンさんなのよ」
「マリリン……。あの乙女ゲームの原作者は確かペンネームはマリリンだ。やはり彼女は自分が主役になれるように原作を書いているに違いない」
「三田様の再婚相手が原作者のマリリンだとしたら、トーマス王太子殿下が元恋人のレイモンドさんの血を引く子だとわかった上で、王室に戻したのね。マリリン王妃は国王陛下を愛していない。今でもレイモンドさんを愛しているんだわ」
「なんて女だ。でもどうして亜子がこの異世界に……。早く現世に戻らなければ昂坊が政略結婚させられてしまうぞ」
「昂幸はそんなことしないわ。昂幸と私は愛し合ってるんだから」
「な、なんだと! 昂坊と愛し合ってるだと! まてまて、落ち着け。昂坊は良い子だ。幼少期から知ってる。でも三田ホールディングスの後継者だ。個人タクシーの運転手の娘とでは、釣り合わない」
一人でテンパり慌てているタルマンにルリアンは声をかけた。
「身分違いはわかってる。この異世界でも現世でも同じことが起きてるの。ねえ……義父さん、これ見たことない? これって現世のカフェであの女性が持っていたものよね?」
ルリアンは赤い薔薇が描かれた万年筆をタルマンに見せた。タルマンはそれを手に取り瞳を潤ませた。
「なぜ……母さんの万年筆がこの世界に」
「これはメイサ妃の母方のメトロお祖母様が大切にされていたそうよ。記憶喪失で名前も忘れていた移民のお祖母様をダイヤモンド公爵が一目惚れされて、身分を偽り結婚されたの。黒髪を金髪に染めて……」
「メイサ妃のお祖母様の万年筆……?」
「この万年筆は今はトーマス王太子殿下がお持ちなのよ。メイサ妃から『自分の代わりだと思って大切にするように』と託された。そして『これは幸運をもたらす万年筆、将来のお妃に差し上げなさい』とも言われたそうなの」
「『これは幸運をもたらす万年筆、将来のお妃に差し上げなさい』? ん? なぜルリアンが持ってるんだ? まさか、この異世界でルリアンはトーマス王太子殿下とずっとイチャイチャしてたのか。だとしたら、それは昂坊には黙っておくよ。任せろ、義父さんの口はハマグリのように堅い」
ルリアンはタルマンの言葉に、全然説得力を得られなかった。タルマンの口はホラ貝のように『ぷうーぷうー』煩いからだ。
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