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「重要案件? 義父さん! いつまで寝ぼけてるのよ! 私はルリアンよ。見ればわかるでしょう。早く車を出して」
「金髪の娘がルリアン? ルリアンは黒髪だったはず。その赤いドレスはメイサ妃の……メイサ妃の……」
「昨日メイサ妃からいただいたドレスよ。もう忘れたの? 寝ボケないで」
個人タクシーはゆっくりと発車したが、明らかにタルマンの様子は変だった。
「わあああ! そうか、やはりそうか。ここはパープル王国なんだよな。私は一人でもやれたんだ! あはははっ! やったあ!」
タルマンのバカげた言動を瞬時に総合的に解釈したルリアンは、ある仮定に辿り着いた。
「……まさか、あなたは本当の義父さん?」
「私はルリアンの義父だ。とりあえず、人目につかない場所に行って話をしよう。ルリアンもそのドレスを着替えるのだろう。郊外のドライブインに向かう。いいな」
「いいわ。これから用事はないから。ひとつだけ先に聞かせて。私の間違いならごめんなさい。義父さんは『木谷正』を知ってる?」
タルマンはハンドルを握りながら、ニヤリと笑った。
「私の仮の姿はタルマン・トルマリン。だが真の正体は、ジャジャーン! 木谷正だ」
(ああ……やっぱり義父さんだ。現世から来た義父さんだ。嬉しいはずなのに、なぜこんなにも喜べないのか。それは義父さんの性格があまりにも品がないからだ。せめてこの世界に馴染めるように演技してよ。)
―パープル王国・ドライブイン―
赤いドレスの私が受付に行くこともできず、ドライブインの受付にはタルマンが出向き、ルリアンが渡したお金で二時間の休憩料金を支払った。ドライブインのドアを開けたタルマンはルリアンにオーケーのサインを出す。
ルリアンは個室の前に停めたタクシーからドレスのまま降り、着替えの入ったトランクを手に持ち、走って個室の中に飛び込んだ。
個室のカーテンは閉めたまま、ルリアンは息を切らしながら、先ずは着替えのためにシャワールームに向かった。
本当はすぐにでもタルマンに問いただしたかった。あの事故でタルマンもこの異世界に転移していて実は記憶喪失だったのか、それとも新たに木谷正がこの異世界に転移したのか。
木谷正はいつも秋山修と一緒だった。また秋山修もこの異世界に転移したとしたら、メイサ妃は嬉しいかもしれないが、現世で美梨と昂幸と優は寂しいに違いない。亜子の母もそうだ。木谷正がこの異世界に転移したのなら、現世では昏睡状態のはず。それよりも亜子は自分があの事故で死んでしまったのか、それとも昏睡状態なのか、そこもハッキリと聞きたかった。
メイサ妃から頂いたドレスとハイヒールを綺麗に畳んでトランクに収め、自分の私服に着替えたルリアンは、ドライブインに義父といることを誰かに目撃されていることを想定して、金髪のウイッグはつけたままベッドルームに向かった。
タルマンはソファーに座り、金髪のルリアンをマジマジと見つめている。
「亜子はいつからギャルになったんだ」
「誰がギャルよ。これは変装用のウイッグだから。ルリアンとタルマン・トルマリンはトーマス王太子殿下に同行し、一泊二日でレッドローズ王国に行き、メイサ妃がいるサファイア公爵邸に宿泊させていただいたのよ。義父さんは変装したトーマス王太子殿下と秘書のルリアンを乗せて個人タクシーの運転手をしたの。これも記憶にないんだよね」
『うんうん』と頷くタルマンに、ルリアンは『はあーー』とため息を吐き肩を落とす。
「すまない。昨日はまだ私はこの世界にはいなかったんだ。今は体はタルマン・トルマリンだが魂は木谷正だ。ルリアン・トルマリンの魂も滝川亜子なんだよな? そうなんだろ?」
『滝川亜子』という名前を聞いて、目の前のタルマンが本物の『木谷正』であることをルリアンは確信した。
「義父さん、あの日のことを教えて欲しいの。あの日私は義父さんのタクシーに乗って事故に遭った」
◇◇
―【回想】現世・二千四十一年八月―
『義父さん、交通量多いんだからよそ見しないで』
『大丈夫だよ。自動操縦だし。そのうちタクシー運転手もみんなAIロボットになるのかな。商売上がったりだ』
自動操縦なのに、タクシーは急に蛇行走行になる。
『義父さん、ハンドル操作して。自動操縦変だよ。上手く操作できてないよ。スピードも上がってる。きゃあ、どんどんスピード上がってる! 義父さん、止めて! ブレーキ踏んで!』
『あれ? あれ!! ブレーキきかない! あ、亜子! ヤバいぞこれは……! 故障だ! 車が暴走してる! 亜子ーー!』
『きゃあああーー!! 義父さん!!』
木谷のタクシーは猛スピードでガードレールに激突して大破した。モクモクと上がる黒煙。木谷は朦朧とした意識の中で後部座席に視線を向けた。
亜子の記憶はここで途切れた。
◇◇
―パープル王国―
「あの事故直後、義父さんはまだ意識はあり腕の骨折はしたが命に別状はなかった。でも亜子は自発呼吸はできたが昏睡状態に陥ってしまったんだ。義父さんは悔いたよ。なぜ、私だけ骨折ですんだんだと。秋山さんも昂坊もICUにいる亜子を見て悲しんでいた」
「昂幸……」
昂幸の名前を聞き、ルリアン《亜子》は涙が溢れそうになった。
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