【7】恋人を狙う犯人の正体
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―午後三時―
金髪のウイッグをつけて、赤いドレスに赤いハイヒールを履いたルリアンを、スポロンが迎えに来た。
「ル……。メモリー・ダイヤモンド様、お迎えに参りました」
「スポロン、私も玄関先まで見送るよ」
「いえ、トーマス王太子殿下はお部屋にいて下さい。目立ちますゆえ」
「スポロンは堅物だな」
トーマス王太子殿下はルリアンに軽くキスを交わす。
「トーマス王太子殿下、執事の私を困らせないで下さい。明日も明後日も逢えるでしょう。メモリー・ダイヤモンド様、さあ参りましょう」
「はい。トーマス王太子殿下、ごきげんよう」
「ぷっ……」
『ぷっ……』と吹き出したのは、トーマス王太子殿下ではなくスポロンだった。無理して口にした言葉がルリアンには不釣り合いだったようだ。
トーマス王太子殿下の部屋を出て、自然と足が使用人エレベーターに向かうルリアンに、スポロンは無言で王族専用のエレベーターを指差す。
ルリアンは『誰にも逢いませんよう』にと心の中で願いつつ、一階のエントランスに降りた。
玄関を出ると、個人タクシーは停まっていなかった。慌てたのはルリアンよりもスポロンだった。
一台の車が近付き停止する。
だが、それは個人タクシーではなく、公用車だった。後部座席の窓が開き、顔を見せたのはトータス王子だった。ルリアンは一言も発することは出来ない。声でバレてしまうからだ。
「これは昨夜の美しい公爵令嬢ではありませんか。お名前を伺ってなかったので、失礼な呼び方で申し訳ありません」
「これはトータス王子、この方はレッドローズ王国のメモリー・ダイヤモンド様です」
「ダイヤモンド公爵令嬢ですか。ダイヤモンド公爵家といえば、確かトーマス王太子殿下の御生母様の母方の御実家の公爵家ですよね」
「よくご存知ですね。メモリー様はダイヤモンド公爵家の遠縁の親族にあたります」
「なるほど。それで赤いドレスですか。眩いばかりの美しさ。今から公務で森林公園の植樹蔡に行くのですがご一緒に如何ですか?」
「トータス王子、ご公務にメモリー・ダイヤモンド様を同伴されるのは如何なものかと」
「そうでしょうか? レッドローズ王国の公爵令嬢が同伴すれば、パープル王国の国民も喜ぶのでは? メモリー様はメイサ妃にどこか似ていらっしゃる。パープル王国の国民には、メイサ妃はいまでも絶大な人気ですからね」
公用車のドアが開かれ、トータス王子はルリアンの手を掴んだ。無理矢理公用車に乗せられそうになった時、トータス王子の手を強い力で掴んだ者がいた。それはトータス王子の秘書、ルル・アクアマロンだった。
「トータス王子、本日のご公務は森林公園の植樹蔡です。他国の公爵令嬢は必要ありません。メモリー・ダイヤモンド様、トータス王子のご無礼は秘書の私が代わりにお詫び申し上げます。では、失礼します」
ルル・アクアマロンはトータス王子の隣にしっかりと座り、ルリアンを見て会釈した。
(ルル……。ありがとう。)
ルリアンは心の中でルル・アクアマロンに感謝した。公用車のドアは閉まりそのまま発車した。
「危なかったですね。流石、ルル・アクアマロンですね。ローザさんが見込んだだけあります。トルマリンさんは何をしているのでしょうか。遅刻だなんて、言語道断ですよ」
スポロンが怒りを露わにしていると、数分後、個人タクシーが目の前に停車した。
「スポロンさん、遅れて大変申し訳ありませんでした。昼寝をしていたら金縛りに合い、なかなか目が覚めなくて、目覚めたらナターリアのメモに『午後三時に王宮の玄関前』と書いてあり慌てました。しかも我が家の時計が遅れてまして、電池切れなんですかね。あはははっ」
(何笑ってるのよ。笑い事じゃないってば。待って……。義父タルマン・トルマリンは『あはははっ』なんて豪快には笑わない。)
「これはメイサ妃、お久しぶりです。何年経ってもお美しいですね。本日はレッドローズ王国までですか? こちらのレイモンドさんはお元気でしょうか?」
(なんだか、昨日までの義父さんとは雰囲気が異なる……。私がわからないの? これは遅刻したことを誤魔化すためのブラックジョーク? 昨日までレイモンドさんと一緒だったでしょう。)
「トルマリンさん、そんな冗談は必要ありません。早くメモリー・ダイヤモンド様をタクシーの中へ。メモリー様は身を隠して下さい」
スポロンは個人タクシーのドアを開けて、ルリアンを後部座席に押し込んだ。
「トルマリンさん、打ち合わせ通りにそこら辺を一周して、メモリー様は車内で着替えをすませご自宅にお戻り下さい。トルマリンさんには本日の給金はあとでお届けしますから。では、出発して下さい」
「スポロンさんありがとう。義父さん、早く出して」
「義父さん? メイサ妃ではなくメモリー・ダイヤモンド様ですよね? 車内でお着替えとはそんな大胆な。私に瞼を閉じて運転しろと? それではまた事故っちまいますよ。それはまだ早い。私には重要案件があるんですから」
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