59

「ダリアさん、わざわざ私に忠告を言うために? トータス王子と婚約するか否かは、ダリアさんがお決めになることです。ダリアさんならトータス王子のお妃に相応しいと思います」


「それ皮肉かしら? トーマス王太子殿下のお妃には相応しくないのに、トータス王子のお妃には相応しいって言うの? トーマス王太子殿下は甘いわね。ドミニク一族を甘く見ていると痛い目に遭いますよ。ドミニク一族はどんな手を使っても、王位継承を狙っています。トム国王陛下のあとを継承し、真の国王陛下に相応しいのはトータス王子だと断言していたくらいですから。トーマス王太子殿下、私がトータス王子と結婚したら、私はドミニク一族の王位継承に加担しなければなりません。それでもトーマス王太子殿下は今の恋人との愛を貫かれるおつもりですか? 彼女は一般人ですよね。公爵令嬢を選ばれた方が宜しいのでは?」


「ダリアさん、国王陛下は『結婚に家柄は関係ありません』と申して下さいました」


「でしょうね。マリリン王妃は一般人ですから。しかも元お妃のお付きのメイドだった方です。家柄を重視するとは王妃の前では仰れないでしょう。私はずっとトーマス王太子殿下のことが好きでした。マティーニ公爵家との結婚もトーマス王太子殿下を忘れるためでした。それなのに従兄であるトータス王子と婚約だなんて……。私はあなたの敵になってしまいます。でもトーマス王太子殿下とお話して、気持ちの整理はつきました。お互い茨の道になるやもしれませんね。では、失礼致します」


 『お互い茨の道……』ダリアの言葉に、トーマス王太子殿下は言い知れぬ不安がした。


 ◇


 ―翌日・午前九時―


「トーマス王太子殿下、おはようございます。本日のスケジュールですが、午前十時より新築された王立博物館での開館式、正午よりケビン伯爵夫妻との会食、午後三時より王立音楽堂にてオーケストラの鑑賞となっております」


「ルリアン、部屋に入るなりそんなに早口で話さなくてもスケジュールの確認ならしている。それより先ずは『おはよう』のキスからだろう」


 ルリアンはそんなトーマス王太子殿下の甘いセリフも軽くスルーする。


「トーマス王太子殿下、休暇は昨日で終わりました。もう朝食は終えられたのですよね。王立博物館に出発するため着替えをお願いします。本日は会食やオーケストラの鑑賞もあるので、王宮に戻る時間はございません。お召しものは三着お選び致しますね」


「その都度着替えるのか? 今朝のルリアンはまるでロボットみたいだよ。どうして私と目を合わせない? スーツやネクタイなら、メイドに任せればいいだろう。メイドを呼ぶ前に……」


 トーマス王太子殿下はクローゼットの前にいるルリアンに背後から抱きつき、首筋にキスを落とす。理性を保っていたルリアンだったが、首筋にキスをされて思わず「ひやあ」と声を上げた。


「もうやだあ。勤務時間内は秘書でいたいの。お願いです。トーマス王太子殿下、悪戯はやめて下さい」


「悪戯? これは愛情表現だよ。ルリアンを愛してる」


 トーマス王太子殿下はルリアンを抱き締めてキスをした。秘書として職務についている時は、私情は挟まないつもりでいたのに、甘いキスでその気持ちが一気に崩れた。


「ルリアン、昨日郊外のドライブインで浮気しただろう。しかもかなり年配の男性と」


「浮気? バカね。義父さんに決まってるでしょう。ドライブインでドレスを着替えただけよ。ていうか、どうしてトーマス王太子殿下がそれを知ってるの? まさか、王太子殿下がストーカー?」


 トーマス王太子殿下はクスクスと笑った。笑った顔も可愛いと思えるくらい、ルリアンはトーマス王太子殿下を好きになっている。でも自分は『亜子』なのだと、理性を保った。


「私がストーカー? そんなわけないだろ。ルリアンは昨日尾行されていたんだ。盗聴器をこの部屋に仕掛けた犯人も判明した」


「私を尾行? 盗聴器の犯人がわかったのですか?」


「犯人はトリビア・カルローだ。マリリン王妃の指示だよ。昨晩ディナーをした際にメモリー・ダイヤモンドの正体もあっさりバレてしまったんだ。トリビアがタクシーを尾行していた。メモリー・ダイヤモンドが他の男と浮気してると思ったらしい」


「嘘でしょう!? やだ、私はゲジゲジ眉毛は嫌いです。しかも義父さんだし」


「国王陛下はメモリー・ダイヤモンドの正体をすぐに見抜かれたよ。だから私も白状した。あの女性はメモリー・ダイヤモンドではなく、秘書のルリアン・トルマリンだと」


「わ、私、秘書クビだよね。秘書だけじゃない。母さんもクビだよね。使用人宿舎も急いで退去しないと投獄されるの? どうして昨夜直ぐに電話してくれなかったの? 処罰される前にせめて両親だけでも他国に逃がしたのに」


 トーマス王太子殿下は呆れたようにルリアンを見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る