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 (それなのに私はレッドローズ王国で義父に……いや、実の父であるレイモンドに暴言を吐いた。)


  ――『ブラックオパールの家系が消滅するんだよ。プライドはないの?』


 (今思えば……父はとても冷静だった。)


 ――『トーマス、ブラックオパールの家系をなくすことは寂しいよ。でも家族で話し合って決めたんだよ。サファイア公爵家にはたくさんの使用人もいるし、たくさんの領地や建造物も所有し、国民にも信頼されている。サファイア公爵家を消滅させるわけにはいかないんだ。サファイア公爵家の一人娘であるメイサがやはり継ぐべきだと思っている』


 (父はプライドを捨てたんじゃない。母を心から愛し、自分の名よりも母やサファイア公爵家を守ると決断したんだ。)


「わかりました。私も決断します。ルリアンと正式に婚約できるなら、クリスタルに戻ります」


 (これが私の答えだ……。私は王太子として国王陛下を支える。)


「そうか。トーマスやっと決断をしてくれたか。私も嬉しいよ。ドミニク一族のこともあるため、早急に手続きをさせる。いいね」


 国王陛下にルリアンとの交際の許可を得たトーマス王太子殿下は、ルリアンのためなら自分も名には拘らないと決意した。


 今となっては、何故こんなにも固持していたのかと思ったくらいだ。ブラックオパールであろうが、サファイアであろうが、クリスタルであろうが、実母や実父、弟との関係性に変わりはないのだから。


 ◇


 ディナーを終え、自室に戻ったトーマス王太子殿下は、ルリアンが作成したスケジュール表を見ながら、国王陛下とルリアンの家族との顔合わせの日取りを考えていた。


 午後九時、部屋のドアがノックされ、メイドがドアを開いた。


「トーマス王太子殿下、夜分に失礼致します。実はトーマス王太子殿下に是非逢わせて欲しいとのお方がお見えで……。本日は『トーマス王太子殿下は休暇中です』とお断りしましたが、どうしても『急用なのです』と申され……」


「こんな時間に誰だよ? スポロンはいないのか?」


「スポロンさんはもうお部屋に戻られています」


「そうだよな。スポロンも勤務時間外だ。こんな時間に強引に訪問するなんて、そんな非常識な人物は誰なんだ」


 困っているメイドを押し退けて、室内に足を踏み入れた女性の紫色のハイヒールが見えた。


「ダリア・ピンクダイヤモンドでございます。非常識で申し訳ございませんね。直ぐに失礼致しますので、お気遣い無く」


 メイドは深々とお辞儀をして退室する。


「ダリアさんでしたか。こんな時間によく王宮に入れましたね」


「王宮の使用人で私を知らない者はいませんわ。それに先ほどまで別宅でトータス王子にディナーの招待を受け、両家で会食をしておりました」


 (トータス王子はもうピンクダイヤモンド公爵令嬢とお見合いをしたのか。トータス王子もすることが早いな。)


「私は結婚を破談になったばかり。それなのにトータス王子は『そんなことは構わない。非があるのはマティーニ公爵家です。ダリアさんに酷い仕打ちをしたマティーニ公爵の称号を剥奪致しましょうか』とまで仰られ、是非、私と婚約したいそうです」


「そんなことを。公爵家のことは国王陛下のお決めになること。トータス王子の一存で公爵の称号を剥奪などできません。それで、ダリアさんは私に何か御用ですか? トータス王子との婚約はダリアさん自身で決めること、私が意見することは何もありません」


「そう。それがトーマス王太子殿下の答えなのね。マティーニ公爵家と結婚が破談になった時、私は内心ホッとしたのです。私はハイスクールの頃に初めてトーマス王太子殿下と婚約のお話を頂き、どれほど嬉しかったことか。マティーニ公爵家と結婚が破談になったのも、これは運命かもしれないと思ったのに。マリリン王妃からはトーマス王太子殿下ではなく、トータス王子とのお見合い話をされ、どれほど私がショックだったことか……。トーマス王太子殿下もこの縁談をご存じでしたか?」


 ダリアは以前より少し頬が痩せた気はしたが、以前と変わらぬ気高さと気品を漂わせていた。


「先ほど、国王陛下や王妃と会食した時にそのお話は伺いました」


「そうですか。王太子殿下との婚約破棄にマティーニ公爵家との結婚の破談、二度も殿方に恥をかかされた私に王家から縁談話があり、両親はたいそう乗り気です。私がトータス王子と婚約したらトーマス王太子殿下の王位継承の妨げになるかもしれませんよ」


 トーマス王太子殿下はダリアがわざわざ自分に逢いに来た目的がわからず、正直困惑していた。


 ダリアがトータス王子と婚約しても、トーマス王太子殿下の王位継承の妨げにはならないと思っていたからだ。それよりも『ダリアさんに酷い仕打ちをしたマティーニ公爵の称号を剥奪致しましょうか』と、国王陛下や議員の承認も得ず、王族の権限を振りかざしたトータス王子に危機感を抱いた。

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