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 ルリアンはトーマス王太子殿下の隣で深々と一礼し、堂々と挨拶をした。


「国王陛下、マリリン王妃、ドミニク殿下、アラン殿下、トータス王子、トミー王子、ドミニカ王子、ピンクダイヤモンド公爵令嬢様、本日はこのような格好で、王族の方々や公爵家の方との会食に両親と同席するご無礼をお許し下さい。私の両親はホワイト王国出身で、義父はタクシードライバーをしています。母は王宮の調理場で働かせていただいております。両親はこのような場は慣れておりませんゆえ、粗相があらばどうかお許し下さいませ」


 タルマンとナターリアがルリアンの隣に立ち、深々と頭を下げたあと、タルマンが怖ず怖ずと口を開いた。


「こ、こ、国王陛下、マリリン王妃、本日はお招きありがとうございます。ルリアンの義父、タルマン・トルマリンです。こちらはルリアンの母、ナターリア・トルマリンです。ふつつかな娘ではありますが、どうぞ宜しくお願い申し上げます」


 国王陛下は椅子から立ち上がり、トルマリン夫妻に近付いた。二人は完全に萎縮している。


「トルマリンさん、本日はようこそおいで下さいました。王家の親族一同が揃いさぞ驚かれたでしょう。どうか緊張なさらずにお寛ぎ下さい」


 国王陛下はナターリアに視線を向けた。ナターリアは片膝を曲げて、国王陛下に敬意を表したが、緊張から足がガクガクと震えズッコケた。 


 ドミニク殿下一族から失笑が漏れる中、国王陛下はナターリアに優しく手を差し伸べた。


「緊張されているのですね。大丈夫ですか。お怪我はありませんか? 私の妻、マリリンも平民出身です。トルマリン御夫妻と何ら代わりはありません。私は結婚に身分は関係ないと思っています。ローザ、トルマリン御夫妻とルリアンさんをお席に案内して下さい。

トーマス王太子も着席しなさい」


「はい」


 広いテーブルの片側には王族がずらりと座り、一番後列にダリアは座っていた。国王陛下と向かい合う席にトーマス王太子殿下は座った。本来は家族同士の顔合わせのため、トーマス王太子殿下の席はマリリン王妃の隣席が習わしで、向かい側にはトルマリン夫妻とルリアンが座る予定だった。


 マリリン王妃の隣席は空席となる。

 トーマス王太子殿下は敢えてトルマリン夫妻側の上席に座り、トーマス王太子殿下の隣席にはルリアン、その隣にトルマリン夫妻が座った。それは常識を覆す、トーマス王太子殿下の王族に対する強い反抗が読み取れた。


 これには常識を重んじる国王陛下やマリリン王妃、ローザまでも呆れている。


「トーマス王太子殿下、席順はご存知ですよね?」


「ローザ、それくらいわかっている。私は国王陛下と向かい合って会食をしたいのだ。国王陛下と王太子ではなく、父と子として腹を割って話し合いたい」


「畏まりました。国王陛下この席順で宜しいですか?」


「構わぬ。トーマスがそこまで言うのならば、ローザ、会食の準備を始めてくれ」


「畏まりました。それではメイドに申しつけて参ります」


 ローザが退室したあと、マリリン王妃が口を開く。


「トーマス王太子、こちらにお座り下さい。あなたは王族なのですよ」


 マリリン王妃の言葉に、ドミニク殿下が口を開いた。


「国王陛下との会食に秘書の制服で出席するとは。我が国の国王陛下を愚弄されているのですか? トーマス王太子はメイサ妃の遺伝により黒髪ですし、交際相手のルリアンさんのご家族全員が黒髪とは。パープル王国はまるで移民の国のようだ。王室のイメージダウンですね。まあ、血筋には逆らえないということでしょうか」


 ドミニク殿下一族はトルマリン一家だけでなく、トーマス王太子殿下の秘密も知っているかのような口振りだった。


「国王陛下、トーマス王太子殿下とルリアンさんの御婚約は私どもは反対は致しません。マリリン王妃、恋愛は自由ですからね。ただパープル王国の行く末を考えると、王族の血を絶やさない為にも、我が孫であるトータス王子と由緒あるピンクダイヤモンド公爵令嬢の婚約を機に、トータス王子を王位継承第一位とした方が宜しいのではないですか?」


 その発言に、マリリン王妃が直ぐさま反応した。


「ドミニク殿下、それは私をも愚弄されているのですか?」


「いえ、マリリン王妃はシルバーの美しい髪をされております。国王陛下とマリリン王妃との間に御子様が授かれば、その御子様が王位継承者となられたかもしれませんが、そもそもあなたは御懐妊すらされてはいなかったそうではありませんか? 私どもはマリリン王妃が王太后に出された御懐妊の証明書を書いた医師を突き止め証言を得ました。今更、国王陛下と離縁しろとは申しませんが、これは国王陛下に対する偽証罪になるのでは?」


「無礼者! 何を証拠に!」


「証拠は懐妊証明書を書いた医師でございます。かなりの金子をお渡しになったとか」


 狼狽するマリリン王妃をトーマス王太子殿下は哀れに思えた。偽証してまで国王陛下とメイサ妃を離縁に追い込み、お妃の座を奪いたかった欲深さ、それは恋人を奪われた復讐だったのかもしれないが、マリリン王妃に騙された国王陛下があまりにも気の毒だと思ったからだ。


 だが、実母であるメイサ妃も国王陛下を騙したことに変わりはない。ドミニク殿下は全てを調べ上げている。この会食はトーマス王太子殿下とルリアンの婚約を祝うための顔合わせではなく、王位継承を剥奪するために出席したに過ぎない。

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