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 国王陛下の私用の応接室の広いテーブルには、国王陛下とマリリン王妃だけではなく、なぜかドミニク一族とダリア・ピンクダイヤモンド公爵令嬢も同席していたからだ。


「これは一体どういうことですか? 会食は国王陛下と王妃だけのはずですよね」


 憤慨するトーマス王太子殿下にマリリン王妃が口を開く。


「トーマス王太子、ドミニク殿下のご家族に失礼ですよ。トーマス王太子がご婚約され、御成婚となると、ドミニク殿下のご家族とも御親族になります。ダリアさんもトータス王子とご婚約されれば御親族となります。何度も顔合わせで会食に付きあわせては、ルリアン・トルマリンさんのご家族にも申し訳がありませんゆえ、同席していただきました」


「それは納得がいきません。トルマリン夫妻にも、ルリアンにも失礼だとは思いませんか。それなら最初からそう伝えるべきです。不意打ちのようなこの会食は、一般人のトルマリン夫妻には重圧です。国王陛下、本日の会食はどうぞ王族だけてして下さい。私達は日を改めてまた都合の良い日に伺います」


 応接室のドアの外に立っていたルリアンも、ドミニク殿下の家族が勢揃いしていると知り怖じ気づいているタルマンもナターリアも、固まって一歩も動けない。


「トーマス王太子、私は交際を反対しているわけではありませんよ。私も平民から王室に入りました。トーマス王太子とルリアンさんが婚約をされるなら、トータス王子とダリアさんの婚約は時期をずらして欲しいと思って招いたのです。王太子が一般人と婚約するよりも、トータス王子がピンクダイヤモンド公爵令嬢と婚約する方が、マスコミも国民も派手に取り扱うでしょうからね。私は義母としてそれを避けたかっただけです。トーマス王太子がパープル王国の王位継承第一位なのですから、トータス王子の婚約よりも霞むなどあってはならないこと」


 王位継承第一位という言葉に、ドミニク殿下をはじめとする一族は薄ら笑いをしている。


 トーマス王太子殿下にはマリリン王妃の言葉は一切心には響かなかった。自分も平民出身だと、ルリアンと同調しているように見せ、これはトルマリン夫妻やルリアンに対する単なる嫌がらせだと思ったからだ。


「もう話すことはございません。失礼します」


 トーマス王太子殿下の振る舞いを黙って聞いていた国王陛下が口を開いた。


「待ちなさい。トーマス、何か誤解しているようだな。そんなに怒ることではないだろう。私もマリリンもルリアンさんのことはよく存じている。交際に反対しているわけではないのだよ。もちろん二人の婚約も反対するつもりはない。だからドミニク殿下のご家族にも同席してもらったのだ」


「国王陛下まで……。もう結構です」


 国王陛下に背を向けたトーマス王太子殿下の目の前に、タルマンがスッと立った。


「トーマス王太子殿下、私どもをお気遣い下さりありがとうございます。ですが、この日を私もナターリアも楽しみにしておりました。ここで帰るわけには参りません」


「トルマリンさん……。ですが、室内には国王陛下だけではなく他の王族も……」


「はい。お話は聞こえました。国王陛下や王妃のお心遣いに感謝致します。娘の幸せを私どもが壊すわけにはいきません。ナターリア、ルリアン、こちらへ」


「はい」


 タルマンとナターリアの後ろにルリアンはそっと立った。トーマス王太子殿下は驚きを隠せない。三人の決意を知ったローザは、憤慨しているトーマス王太子殿下に助言した。


「トーマス王太子殿下、ルリアンさんとご両親のトルマリン夫妻を国王陛下と王妃、ドミニク殿下のご家族にご紹介下さい。王族一同がお揃いなのです。このような機会はございません」


 ローザに助言され、トーマス王太子殿下も冷静さを取り戻した。


「トルマリンさん、本当によいのですね?」


「もちろんでございます」


「では、ルリアン、私の隣に」


「はい」


 ルリアンの服装にドミニク殿下一同はどよめいた。ルリアンは正装ではなく秘書の制服だったからだ。一度はメイサ妃の赤いドレスと赤いハイヒールを着用していたが、土壇場で秘書の制服に着替えた。これが一番今のルリアンには相応しいと思ったからだ。


「彼女はルリアン・トルマリン、私の秘書です。私達はハイスクールの頃より秘かに愛を育んで参りました。私が留学してもその愛は色褪せることはありませんでした。国王陛下や王妃、並びにドミニク殿下のご家族の前で正装もせず、大変失礼かと思われますが、彼女はまだ私の秘書なので、正装は必要ないと申し、ありのままの自分を国王陛下や王妃に見ていただきたいそうです」

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