【9】ドミニク殿下の野望が壊れる時

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 ―国王陛下と王妃との会食当日―


「ルリアンはやっぱりそのドレスが一番似合ってるよ。薄紫色よりやはり赤いドレスだな」


「トーマス王太子殿下、これはメイサ妃より頂いたドレスです。これではマリリン王妃が気分を害されるのではないでしょうか? やはりここは薄紫色のドレスに致します。ことを荒立てたくはありません」


 生地は紫色でデザインが異なるドレスを数十着ほど試着したが、どのドレスもトーマス王太子殿下は『NO』と首を横に振った。唯一トーマス王太子殿下が『OK』したのは、メイサ妃の赤いドレスと赤いハイヒールだった。


 『さすがにこのドレスは』と、スポロンは首を横に振ったが、トーマス王太子殿下はご生母であるメイサ妃のドレス以外は、メイド達に全て片付けさせた。


「トーマス王太子殿下、これでは纏まる話もぶち壊しになりますよ。ここは国王陛下とマリリン王妃の顔を立てて下さらないと」


「スポロン、ドレスの色で私のお妃を決めるなら、そこら辺のマネキンに紫色のドレスを着せればいいだろう。それに今日の会食は国王陛下の私用の応接室だ。そもそも正装する意味がわからない。これは謁見ではなく両家の顔合わせだろう」


「やれやれ、トーマス王太子殿下は青年王族なのですから一般人とは異なります。それにマリリン王妃の気性はおわかりでしょう」


「私の生母はレッドローズ王国のサファイア公爵家の後継者だ。私は母も父も尊敬している。マリリン王妃に何と言われても構わない。私は王位継承者だ。自分の妃は自分で決める」


「トーマス王太子殿下……」


 ルリアンはトーマス王太子殿下の強い意志に心を打たれたが、このドレスでマリリン王妃に逢うのは逆鱗に触れると思えた。


 ルリアン《亜子》は何が何でも、トーマス王太子殿下とルリアン・トルマリンの婚約を整えなければならなかったからだ。


 ◇


 一階の第二会議室ではタルマンとナターリアがこの日のためにローザが準備した洋服を試着している。国王陛下や王妃と会食するのだから、この日ばかりは一般人でも正装だ。


 しかもトーマス王太子殿下とルリアンの婚約を整えるための話し合い。タルマン《キダニ》は失敗するわけにはいかなかった。


 ナターリアはメイドが差し出すドレスに、目移りがしてなかなか決められない。そもそも正装なんてしたことがないのだから、まるで自分が王室に嫁入りするくらいの気合いの入れようだ。


 タルマンのスーツは十分で決まったのに、ナターリアはすでに一時間も試着を繰り返している。


「やっぱりパープル王国だから、紫色の生地がいいわよね? ストライプや花柄も素敵。ルリアンもきっと紫色でしょう。同じデザインになったらどうしましょう」


「ナターリアさん、ルリアンさんとは年齢も異なりますし、本日はトーマス王太子殿下とルリアンさんが主役ですから、御生母様は控え目なデザインが宜しいかと」


「御生母様!? やだ、ローザさん。私のことはナターリアでいいですから。それよりも国王陛下や王妃がルリアンをお気に召して下さるか、心配で心配で」


「心配なのはナターリアさんですよ。いいですか、国王陛下や王妃に逢われても、失神しないで下さいね」


「わかってます。今日は失神なんてしません。一昨日から国王陛下と王妃の写真を宿舎の部屋中に貼り付けて常に見ているのですから。それに私はルリアンの母です。娘の足を引っ張る真似は致しません。必ずガラスの靴を履かせます」


 ローザはナターリアの話に首を傾げながらも、その本気度だけは伝わった。


「ガラスの靴? なるほど。それを聞いて安心しました。このシンプルな紫色のドレスにされてはどうですか? 襟元にコサージュもあり、一番お似合いですよ」


「そうですか。ローザさんがそう仰るなら、これにします」


「やっと決まったかあ……。いよいよ本番だな。緊張してきた」


 タルマンはスーツを着たまま、『ふうう……』とため息を吐いた。


「それではお二人とも宜しいですね。国王陛下の応接室の前に、そろそろトーマス王太子殿下とルリアンさんもお越しです。タルマンさん、気合い入れて頑張って下さいよ」


 ローザはタルマンの背中を思いっきり右手でバシッと叩いた。


「ひいいっ」


 ローザの愛ある一発で、タルマンは一気に背筋が伸びた気がした。


 ―王宮二階、国王陛下・私用の応接室―


 エレベーターを降りると、そこにはトーマス王太子殿下とルリアンが立っていた。ルリアンの服装を見て、ローザは苦笑いした。


 タルマンとナターリアは目を丸くしている。


「ルリアン、そんな格好で。国王陛下や王妃に失礼ですよ。トーマス王太子殿下、これで宜しいのですか?」


「ルリアンがどうしてもって、聞かなくてね。ありのままの自分を受け入れて欲しいそうだ。御義父様も御義母様も素敵ですよ。さあ、参りましょう。ローザ、扉を開けてくれ」


「はい。畏まりました」


 ローザはドアをノックして扉を開け、深々とお辞儀をした。


「国王陛下、トルマリンさんのご家族がお見えです。入室していただいても構いませんか……。これは……」


 ローザは室内を見て、驚きを隠せない。そこにいたのは国王陛下と王妃だけではなかったからだ。

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