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「一人ぼっちでいたキャロラインを見ていたら、園児だった頃の自分を思い出したんだ。私には王子という立場があったから、みんなが避けることはなかったけど、黒髪のせいで孤立しているなんて、偏見でしかない。だからほっとけなくて、ルリアンを呼びにいかせたんだよ。パープル王国もレッドローズ王国も移民には厳し過ぎる。髪色も瞳の色も個性なんだ。国によって髪色が統一している方が不自然だよ」


「トーマス王太子殿下、私もそう思います」


「私達が国民の前に出ることで、勇気を得る国民もいるはずだ。私達がこの国の意識を変えよう」


「はい。お力になれるように尽力します」


「尽力って、秘書としてじゃないからね。婚……」


「……シーッ、トーマス王太子殿下」


 ルリアンは人差し指を唇に当てて『まだ非公表です』と伝える。何故なら公用車を運転しているのは、タルマンではなく他の運転手だからだ。


 結局、一旦王宮に戻ることにしたトーマス王太子殿下は自室でシャワーを浴びた。その隙にルリアンはこっそり第二会議室のドアを開けて隙間から室内の様子を覗く。


 両親は王室のフルコースを振るまわれ、テーブルマナーの練習中だった。ローザは容赦なくビシビシとタルマンとナターリアを叱りつけていた。てっきり反抗するか弱音を吐いていると思っていたのに、タルマンもナターリアも何度注意を受けても黙々と練習をしている。


 その姿を見つめ、ルリアンは胸が熱くなった。不器用なタルマンとナターリアの真剣な眼差しを見たからだ。


 (私はルリアン・トルマリン。一般人だからって誰にも恥じる必要はない。私はトーマス王太子殿下と愛し合っているのだから。)


 ◇


 ―ライト伯爵家―


 ライト伯爵夫妻の結婚五十周年のパーティー。王族のトーマス王太子殿下以外にも、パープル王国の公爵家や伯爵家、政財界の重鎮も招かれていた。


 そして……もう一人の王族も。


「これはトーマス王太子殿下ではありませんか。秘書のルリアンさんとスポロンさんもご一緒なんですね」


「トータス王子もご招待されていたのですね」


「はい。私はトーマス王太子殿下が出席されるなら、出席する必要はないと申し上げたのですが、ピンクダイヤモンド公爵様からダリアさんと是非同伴して欲しいとの申し出があり、急遽出席させていただくこととなりました」


 トータス王子の数歩後から正装したダリアが姿を現す。パープルのシンプルなデザインのドレスが、ダリアの大人の美しさを際立たせる。


「トーマス王太子殿下、ご無沙汰しております」


「ダリアさん、トータス王子と正式に……?」


 ダリアは意味深に微笑むとトータス王子を見上げた。


「本日はライト伯爵夫妻の結婚五十周年のパーティー。出席するのを躊躇っておりましたが、トータス王子がお付き合い下さるとのことで、有難くお受け致しました。トーマス王太子殿下はお一人ですか? どなたか女性同伴では?」


「私は一人です。お伴は秘書と執事だけです。お二人ともお似合いですね」


 ダリアは『お似合い』という言葉に一瞬ムッとしたように見えた。その時、小さな手がトーマス王太子殿下の大きな手を掴んだ。


「王太子殿下、お姉ちゃんは?」


「これはキャロライン様、またお逢いしましたね。とても素敵な紫色の花柄のドレスですね。お姉ちゃんとは? ああ、秘書ならパーティー会場の隅に執事といますよ」


「ありがとう。お姉ちゃーん!」


 キャロラインは躊躇なくルリアンに走り寄り、ルリアンの手を取ってトーマス王太子殿下の元に連れてきた。ルリアンは秘書の制服だ。正装した出席者の中で明らかに浮いている。


「これはルリアンさん、お久しぶりです。まだトーマス王太子殿下の秘書をされていたのですね」


「トータス王子、ピンクダイヤモンド様、このような格好で申し訳ございません。午前中に王立幼稚舎の視察があり、キャロライン様とご一緒に遊ばせていただいたので……。キャロライン様、私は秘書なので皆様と一緒にはいられません。会場の隅で待っています」


「どうして? お祖父様とお祖母様のパーティーなのに服装なんて関係ないでしょう。パパとママに王太子殿下とお姉ちゃんを紹介したいの。お姉ちゃんのおかげでキャロラインに友達ができたんだから」


 キャロラインはルリアンの手を引っ張りライト伯爵夫妻とそのご嫡男夫妻の元に駆け寄り、トーマス王太子殿下と制服姿のルリアンを紹介した。


「トーマス王太子殿下、本日はわざわざご出席下さりありがとうございました。孫娘のキャロラインは王立幼稚舎に馴染めず登園も嫌がっていましたが、今日は『楽しかったよ、友達ができたよ』と、ハシャイでいました。孫娘のこんな笑顔を見たのは初めてです。息子夫婦共々感謝申し上げます」


「いえ、お嬢様はとても愛らしい。きっと王立幼稚舎でも人気者になられるでしょう。こちらは私の秘書、ルリアン・トルマリンです」


「ライト伯爵様、初めまして。結婚五十周年おめでとうございます。秘書の身分でありながら立場もわきまえず申し訳ありません」


 ライト伯爵のご嫡男が笑顔で応えた。その隣には黒髪の美しい女性が控え目に立っていた。


「実は私の妻も秘書だったのです。ホワイト王国出身で、キャロラインも妻と同じ黒髪でした。王立幼稚舎では好奇な目で見られることもありよく泣いてましたが、本日はたいそう喜んで帰ってきました。『ママと同じ黒髪でよかった。王太子殿下もお姉ちゃんも黒髪なんだよ』と。妻も私もどれほど嬉しかったことか。トーマス王太子殿下、トルマリンさん、ありがとうございました」


 ライト伯爵夫妻やその家族と親しく会話している背後で、ダリアが「出る幕はなさそうね」とトータス王子から目を逸らして呟いた。

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